マイケル・ナイマン 02
Michael Nyman


 
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(初出:「English Journal」2006年12月号)

多様なコラボレーションと音楽の進化

 クラシックやロック、現代音楽といったジャンルでは括ることができない独自の世界を切り開いてきた作曲家マイケル・ナイマン。ロンドンに生まれ、王立音楽院とキングス・カレッジで作曲と音楽学を学んだ彼は、音楽評論の執筆活動を経て、作曲家・ピアニストとしての道を歩み出した。

 彼が目指したのは、執筆活動の成果である彼の著書『実験音楽―ケージとその後』のタイトルが示唆するように、反復を基調とするミニマル・ミュージックを発展させた実験的な音楽だった。

 そんな知る人ぞ知る作曲家が一般に認知されるようになったのは、映画音楽によるところが大きい。2002年にリリースされたアルバム『フィルム・ミュージック〜ベスト・オブ・マイケル・ナイマン』では、20年以上に渡って彼が手がけてきた映画音楽の軌跡をたどることができる。

 ナイマンが最初に注目されたのは、同じイギリス出身の監督ピーター・グリーナウェイとのコラボレーションだった。このふたりの表現には共通する要素があり、それが素晴らしい相乗効果を生み出した。

 画家から監督になり、シンメトリーや畸形的なイメージ、数字やアルファベットのような記号、象徴的な死によって、世界を支える歴史や法則に揺さぶりをかけるグリーナウェイ。反復を基調としながらも、力強いビートとエキセントリックといっても過言ではないアンサンブルによって、ミニマル・ミュージックらしからぬダイナミズムを引き出すナイマン。彼らの映像と音楽は、実験的であるだけでなく、ダイレクトに感情に訴えかける魅力も備えていた。

 そして、ナイマンの名声を決定的なものにしたのが、カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いたジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』だ。もともとナイマンの音楽には、動と静の両極に向かう傾向があったが、この映画で彼は、静の方向性を突き詰め、これまでにない清冽なリリシズムを生み出した。なかでもナイマンのピアノをフィーチャーした<楽しみを希う心>は、映画を離れて一人歩きし、イージーリスニングや癒し系の必須アイテムにすらなっている。


 

 この『ピアノ・レッスン』で不動の地位を築いたナイマンは、その後も次々と映画音楽を手がける。マイケル・ウィンターボトム監督の『ひかりのまち』やアンドリュー・ニコル監督の異色のSF映画『ガタカ』では、孤立する主人公たちの心の揺れと美しく繊細なアンサンブルが見事に重なり、彼の代表作といってよいだろう。

 しかし、ナイマンの活動は決して映画音楽だけではない。弦楽四重奏曲やコンチェルト、ドイツの歌姫ウテ・レンパーとのコラボレーション、脳神経科医オリヴァー・サックスの同名エッセイをもとにした『妻と帽子をまちがえた男』に始まる現代的なオペラから、ダンス、ファッションショー、展覧会、アニメ、ゲームの音楽まで、実に多岐に渡っている。

 但し、これは彼の音楽を鑑賞するわれわれが勝手に分類しているだけであって、彼の頭のなかには、独自の理論と美学を通して相互に繋がりを持ち、単純に分類することのできない音の宇宙が広がっている。彼は作曲をするときに、かつて音楽学で研究した過去の楽曲から素材を選び出し、その断片を様々に変換し、自分の作品を作り上げていく。

 たとえば、彼がグリーナウェイと組んだ『英国式庭園殺人事件』と『コックと泥棒、その妻と愛人』の音楽では、ヘンリー・パーセルの異なる楽曲を素材として利用している。しかも、『コックと泥棒〜』の音楽で重要な位置を占める<メモリアル>は、実はナイマンがサッカーの試合で起こった大乱闘の犠牲になったサポーターたちに捧げた大作の一部なのだ。

 彼が作曲に利用するのは、クラシックだけではない。彼の弦楽四重奏曲第2番には、南インドの音楽のリズムが用いられている。この作品は、80年代に南インドの古典舞踏のリズムに興味を持ったナイマンと、その古典舞踏と西洋のダンスの融合を試みる舞踏家ショバナ・ジェヤシンとのコラボレーションから発展したものなのだ。その後も彼は、南インドのミュージシャンと共演しており、さらに今年は、ジェヤシンのダンス・カンパニーと新作を発表し、異文化との交流を深めている。

 ナイマンは、常に新しいコラボレーションのかたちを追い求めている。たとえば、「The Commissar Vanishes」は、美術史家デイヴィッド・キングの同名著書(スターリン時代のロシアで、写真を使っていかに歴史が歪曲されていたかが明らかにされている)を素材にしたオーディオ・ヴィジュアル・イヴェントだった。そして今年は、室内楽団ロンドン・シンフォニエッタに招かれ、作家のハニフ・クレイシとコラボレーションを行ったという。ナイマンの音楽は、異なる文化やメディアが交錯し、融合する空間のなかで変容し、進化していくのだ。


(upload:2007/12/15)
 
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