この『ピアノ・レッスン』で不動の地位を築いたナイマンは、その後も次々と映画音楽を手がける。マイケル・ウィンターボトム監督の『ひかりのまち』やアンドリュー・ニコル監督の異色のSF映画『ガタカ』では、孤立する主人公たちの心の揺れと美しく繊細なアンサンブルが見事に重なり、彼の代表作といってよいだろう。
しかし、ナイマンの活動は決して映画音楽だけではない。弦楽四重奏曲やコンチェルト、ドイツの歌姫ウテ・レンパーとのコラボレーション、脳神経科医オリヴァー・サックスの同名エッセイをもとにした『妻と帽子をまちがえた男』に始まる現代的なオペラから、ダンス、ファッションショー、展覧会、アニメ、ゲームの音楽まで、実に多岐に渡っている。
但し、これは彼の音楽を鑑賞するわれわれが勝手に分類しているだけであって、彼の頭のなかには、独自の理論と美学を通して相互に繋がりを持ち、単純に分類することのできない音の宇宙が広がっている。彼は作曲をするときに、かつて音楽学で研究した過去の楽曲から素材を選び出し、その断片を様々に変換し、自分の作品を作り上げていく。
たとえば、彼がグリーナウェイと組んだ『英国式庭園殺人事件』と『コックと泥棒、その妻と愛人』の音楽では、ヘンリー・パーセルの異なる楽曲を素材として利用している。しかも、『コックと泥棒〜』の音楽で重要な位置を占める<メモリアル>は、実はナイマンがサッカーの試合で起こった大乱闘の犠牲になったサポーターたちに捧げた大作の一部なのだ。
彼が作曲に利用するのは、クラシックだけではない。彼の弦楽四重奏曲第2番には、南インドの音楽のリズムが用いられている。この作品は、80年代に南インドの古典舞踏のリズムに興味を持ったナイマンと、その古典舞踏と西洋のダンスの融合を試みる舞踏家ショバナ・ジェヤシンとのコラボレーションから発展したものなのだ。その後も彼は、南インドのミュージシャンと共演しており、さらに今年は、ジェヤシンのダンス・カンパニーと新作を発表し、異文化との交流を深めている。
ナイマンは、常に新しいコラボレーションのかたちを追い求めている。たとえば、「The Commissar Vanishes」は、美術史家デイヴィッド・キングの同名著書(スターリン時代のロシアで、写真を使っていかに歴史が歪曲されていたかが明らかにされている)を素材にしたオーディオ・ヴィジュアル・イヴェントだった。そして今年は、室内楽団ロンドン・シンフォニエッタに招かれ、作家のハニフ・クレイシとコラボレーションを行ったという。ナイマンの音楽は、異なる文化やメディアが交錯し、融合する空間のなかで変容し、進化していくのだ。 |