マイケル・ナイマンの活動で最もよく知られているのは、『フィルム・ミュージック〜ベスト・オブ・マイケル・ナイマン』に集約された映画音楽だろう。しかしそれは、彼の音楽の一部に過ぎない。弦楽四重奏曲やコンチェルト、『妻を帽子とまちがえた男』に始まる現代的なオペラ、舞踏家/振付師ショバナ・ジェヤシンや南インドのミュージシャンたちとのコラボレーション、美術史家デイヴィッド・キングの著書を素材にしたオーディオ・ヴィジュアル・イベント、ファッションショーや展覧会やゲームの音楽など、その活動は多岐に渡っている。そして彼は、自分のレーベル“MN Records”を立ち上げた。
「レーベルを立ち上げたのは、まず自分の作品が多岐に渡っていること、『ピアノ・レッスン』だけではないことを、もっと広く知ってもらいたかったからです。特にこの10年ないし15年は、実に多彩なプロジェクトに関わってきました。それから、なるべく短期間に作品を提供したいということもありました。自分のレーベルなら、業界の決まりに縛られないので、たとえば、オペラ、室内楽、連作歌曲、映画音楽という異なるジャンルのCDを4枚同時にリリースしてもいいわけです」
MN Recordsのラインナップは、現在のところ10タイトル。そこには、映画音楽があり、オペラがあり、歌曲集があり、ナイマン・バンドとは異なる歴史的、文化的背景を持つブラス・バンドの作品がある。最新作の2枚組『ラヴ・カウンツ』は、昨年ロンドンで上演され、好評を博したオペラだ。
「今後のリリースについては、2タイトルが決まっています。1枚は、私が2台のピアノのために書いた曲で、ユカワ=チャンというピアノ・デュオの作品になります。キャシー・ユカワは、イギリス人と日本人のハーフ、ロージー・チャンは、イギリス人と中国人のハーフです。もう1枚は、ヴァイオリンとマリンバのコンチェルトです。その後は未定ですが、もしかすると『エレンディラ』の歌をCD化するかもしれませんし、映画音楽を集めてリリースするかもしれません」
彼の言葉に出てきた『エレンディラ』は、8月上旬から日本で上演されている蜷川幸雄演出の舞台。原作は、ラテン・アメリカ文学を代表するガルシア・マルケスの同名小説で、ナイマンが音楽を手がけている。
「この舞台のために、4つの歌を作曲しました。作曲にあたっては、劇の文化的、社会的な背景を考慮したり、歌詞や台詞にヒントを得ていますが、南米は意識しませんでした。いかにもラテンというような模倣や異国趣味は避けたかった。劇の文脈を通して聴くと南米的な雰囲気が感じられるようにしたかったわけです。この音楽には、オペラ的な瞬間、感情が高ぶる瞬間、美しく叙情的な瞬間があり、とても変化に富んでいます」
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