デル株式会社

 


第9地区
District 9


2009年/アメリカ/カラー/111分/ヴィスタ/ドルビーSRD・DTS・SDDS
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(初出:月刊「宝島」2010年5月号「試写室の咳払い」08、若干の加筆)

ジャーナリスティックな視点とSFの融合
巧妙に埋め込まれた南アの歴史と現状

 南アフリカ共和国出身の新鋭ニール・ブロムカンプが母国を舞台に作り上げたSF映画『第9地区』は、その独創性がアメリカで大きな注目を浴び、第82回アカデミー賞で4部門にノミネートされた。

 28年前、南アのヨハネスブルグ上空に巨大な宇宙船が現れ、衰弱したエイリアンの集団が難民キャンプ“第9地区”に収容される。だが次第に市民との対立が表面化するようになり、エイリアンを市内の第9地区から僻地にある第10地区に移住させる計画が動き出す。

 ブロムカンプ監督は、大胆な発想と表現で他者との関係というテーマを掘り下げていく。まず、昆虫と甲殻類をヒントに、誰もが嫌悪感をもよおすような不気味なエイリアンを生み出す。そして、南アの歴史や現状を巧妙に埋め込んだもうひとつの世界を作り上げる。この映画は、実際に起こったふたつの出来事が土台になっていなければ、おそらく平凡なB級SF映画になっていただろう。

 ひとつは、かつてケープタウンに実在した“第6地区”の悲劇だ。南ア出身のピアニスト、アブドゥラー・イブラヒム(ダラー・ブランド)もトランペッター、ヒュー・マセケラもそれをタイトルにした曲を書いている。有色人種が文化交流を繰り広げるコミュニティだった第6地区は、60年代にその住人たちが強制的に不毛な郊外地域に追いやられ、アパルトヘイトを象徴する白人専用地域に変えられた。1979年生まれのブロムカンプ監督は、間違いなくその歴史を学んでいる。“第9地区”という映画のタイトルが、第6地区からきていることは容易に察することができる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ニール・ブロムカンプ
Neill Blomkamp
脚本 テリー・タッチェル
Terri Tatchell
製作 ピーター・ジャクソン、キャロリン・カニンガム
Peter Jackson, Carolynne Cunningham
撮影 トレント・オパロック
Trent Opaloch
編集 ジュリアン・クラーク
Julian Clarke
音楽 クリントン・ショーター
Clinton Shorter
 
◆キャスト◆
 
ヴィカス・ヴァン・ダー・マーウィ   シャルト・コプリー
Sharlto Copley
クーバス大佐 デヴィッド・ジェームズ
David James
クリストファー・ジョンソン ジェイソン・コープ
Jason Cope
タニア・ヴァン・ダー・マーウィ ヴァネッサ・ハイウッド
Vanessa Haywood
-
(配給:ワーナー・ブラザース映画)
 

 そしてもうひとつは、政情が混迷を極めた隣国ジンバブエから膨大な数の難民が南アに流入し、混乱や対立を生み出したことだ。この映画に盛り込まれたドキュメンタリー風の映像は、その難民問題と無関係ではない。ブロムカンプ監督は、ヨハネスブルグの市民にもインタビューを行い、エイリアンではなく国境を越えてきた難民について尋ね、その映像を映画に盛り込んでいる。彼は、ジンバブエ難民に対する市民の反応もしっかりと観察していたわけだ。

 この映画の主人公ヴィカスは、エイリアンの立ち退き作業を指揮する現場責任者だが、誤って謎のウイルスに感染したことから次第にエイリアン化していく。だが、彼は人間とエイリアンの間で単に孤立していくだけではない。エイリアンは、圧倒的な破壊力を持つ武器を持っているが、それらはエイリアンのDNAがなければ作動しない。ヴィカスはエイリアン化することで、貴重な実験材料にもなる。

そこで、エイリアンと人間をめぐる自己と他者の関係が、様々に変化していくことになる。そんなアイデアや展開が強烈なインパクトを生み出すのは、ブロムカンプ監督が作り上げたこのもうひとつの世界に、南アの歴史と現状が埋め込まれ、映画と現実が深く結びついているからだ。ブロムカンプ監督は、歴史や現状をそのまま描くのではなく、抽象度を上げることによって、世界各地で起こっている紛争や対立にそのまま当てはめられるような普遍性を引き出している。


(upload:2010/07/02)
 
 
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