デル株式会社

 


エリジウム
Elysium  Elysium
(2013) on IMDb


2013年/アメリカ/カラー/109分/スコープサイズ/ドルビーデジタルSDDS
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(初出:未発表)

 

 

『第9地区』を作った新鋭の第二弾は
オリジナリティと説得力に欠けている

 

 『第9地区』につづくニール・ブロムカンプ監督の新作『エリジウム』の舞台は、2154年のロサンゼルス。その近未来世界は、スラムと化した地球と、人類の楽園として造られたスペースコロニー“エリジウム”に分断されている。地球環境は、大気汚染と人口増加によって著しく悪化し、持たざる者は貧困、犯罪が蔓延する地上であえぎ苦しみ、持てる者は地表から400キロの上空に浮かぶ楽園で豊かな生活を送る。

 主人公のマックスは、荒廃した地上の工場で過酷な労働に明け暮れる毎日を送っていたが、ある日仕事中に事故に遭って大量の照射線を浴び、余命5日と宣告される。彼が生き延びるためには、エリジウムに潜入するしかない。そこにはあらゆる病を治せる最先端の医療ポッドがあるからだ。

 『第9地区』と『エリジウム』の世界と物語は、非常によく似た発想で作り上げられているように見える。

 南アを舞台にした『第9地区』のエイリアンと人間の図式には、かつてケープタウンに実在した“第6地区”をめぐる悲劇や、隣国ジンバブエから流入する難民といった現実が巧みに反映されていた。主人公ヴィカスは、エイリアンの立ち退き作業を指揮する現場責任者だったが、誤って謎のウイルスに感染したことから次第にエイリアン化し、それと同時に自己と他者に対する認識が変化していく。

 『エリジウム』の地獄と天国の図式には、豊かさを求めて南から国境を越える不法入国者や、要塞化されたサバービアである“ゲーテッド・コミュニティ”の現実が反映されている。そしてマックスも事故に遭い、命の期限を切られることで、自己と他者に対する認識が変化することになる。

 しかし、よく似ているのはあくまで表面的な設定や物語であって、オリジナリティや説得力はまったく違う。『第9地区』で、ブロムカンプが昆虫と甲殻類をヒントに生み出したエイリアンを最初に目にしたときには、それが自己と他者という枠組みで語れる生き物だとはとても思えない。ところが最終的には、そんなエイリアンと人間の図式を、無理なく南アの歴史や現状に重ねることができるようになっている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ニール・ブロムカンプ
Neill Blomkamp
撮影 トレント・オパロック
Trent Opaloch
編集 ジュリアン・クラーク、リー・スミス
Julian Clarke, Lee Smith
音楽 ライアン・エイモン
Ryan Amon
 
◆キャスト◆
 
マックス   マット・デイモン
Matt Damon
デラコート ジョディ・フォスター
Jodie Foster
クルーガー シャールト・コプリー
Sharlto Copley
フレイ アリス・ブラガ
Alice Braga
フリオ ディエゴ・ルナ
Diego Luna
スパイダー ワグネル・モウラ
Wagner Moura
ジョン・カーライル ウィリアム・フィクトナー
William Fichtner
-
(配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)
 

 なぜなら、設定や物語に、説得力を生み出すようなディテールが盛り込まれているからだ。たとえば、ヴィカスは人間とエイリアンの間で単に孤立していくだけではない。エイリアンは、圧倒的な破壊力を持つ武器を持っているが、それらはエイリアンのDNAがなければ作動しない。ヴィカスはエイリアン化することで、人間側にとって貴重な実験材料にもなる。そんな複雑な立場が、自己と他者というテーマを際立たせるわけだ。

 『エリジウム』の場合には、天国と地獄を最初に目にした時点で、現実が透けて見えるだけではなく、双方の世界やそこに生きる人間が掘り下げられることもない。エリジウムを守ろうとする女性防衛長官デラコートのキャラクターもひどく薄っぺらに見える。

 筆者はこの映画を観ながら、アメリカの作家T・コラゲッサン・ボイルが95年に発表した小説『The Tortilla Curtain』のことを思い出していた。物語は、リベラルな中流白人の夫婦とメキシコから不法入国した夫婦をめぐって展開する。

 白人夫婦はロサンゼルス郊外に住んでいたが、インナーシティで多発する犯罪のニュースに不安を覚え、まだ自然が残るトパンガ・キャニオンの住宅地に転居する。夫婦の夫の方はネイチャー・ライターで、最初は自然に触れる生活に満足していたが、コミュニティのゲート化が決まったことから葛藤を強いられる。リベラルなヒューマニストを自認する彼は、ゲート化に反対だったが、孤立することを恐れて本音を押し隠し、ゲートと壁のなかに取り込まれていく。一方、メキシコ人夫婦の夫は、やっとのことで仕事にありつくが、それは住宅地を壁で囲う作業であり、彼はその目的など考える余裕もなく仕事に精を出す。

 『エリジウム』にも、分断された世界に生きる人々に対するこのような洞察が、なんらかのかたちで盛り込まれていれば、オリジナリティや説得力を獲得することができたはずだ。

※T・コラゲッサン・ボイルの『The Tortilla Curtain』については、関連リンクの「サバービア、ゲーテッド・コミュニティ、刑務所」でより詳しく書いていますので、興味のある方はそちらをお読みください。

《参照文献》
“The Tortilla Curtain” by T・Coraghessan Boyle●
(Viking, 1995)

(upload:2013/10/01)
 
 
《関連リンク》
ニール・ブロムカンプ 『チャッピー』 レビュー ■
ニール・ブロムカンプ 『第9地区』 レビュー ■
サバービア、ゲーテッド・コミュニティ、刑務所
――犯罪や暴力に対する強迫観念が世界を牢獄に変えていく
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