インビクタス 負けざる者たち
Invictus  Invictus
(2009) on IMDb


2009年/アメリカ/カラー/134分/シネマスコープ/ドルビーSR・SRD・DTS・SDDS
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(初出:web-magazine「e-days」2010年1月26日更新、若干の加筆)

 

 

マンデラが漂わせる死のオーラ
そしてドラマは死から生へと向かう

 

 最近、エドウィージ・ダンティカの『愛するものたちへ、別れのとき』を読んだ。ダンティカは、ハイチ出身で、アメリカに暮らす女性作家だ。彼女が本書を書くきっかけになったのは、大切な存在だった父親ともうひとりの父親といえる伯父の死だった。彼女は、父親と伯父の物語を通して、ハイチの歴史や移民の苦闘を描き出していく。

 本書の巻頭には、ポール・オースターの『孤独の発明』から、以下の文章が引用されている。

死から始めるのだ。そこから、ゆっくりと、生へと戻って行く。そして、最後に、死へと帰って行く。でなければ、だれかについて何かを言おうとしても、むなしいだけ

 この文章は筆者にクリント・イーストウッド監督の作品を思い出させる。『真夜中のサバナ』に登場する女祈祷師は、「死者と語り合わなければ、生者を理解できない」と語る。『トゥルー・クライム』の主人公である筋金入りの記者は、死刑執行を目前にした男の無実を証明するために、事故死した同僚に導かれるように真相に迫っていく。

 『ブラッド・ワーク』では、心臓移植手術を受けたFBI捜査官が、ドナーが殺人事件の犠牲者だったことを知り、死者に導かれるように残酷な真実に至る。『ミリオンダラー・ベイビー』では、死を通して生を探求したW・B・イェイツの詩が象徴的に引用される。『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』は、まさに戦場に散った死者たちの声を聞く映画だった。

 そんなイーストウッドの世界は、前作『グラン・トリノ』で大きな変貌を遂げた。この映画では、死者の声に耳を傾けるだけではなく、死者の側に立っていかにその声を伝えようとするのかが描き出される。生と死の境界から、さらに向こう側へと踏み込んでいるのだ。だから、イーストウッドが『グラン・トリノ』を経て、どんな世界を切り開くのか注目していた。

 新作『インビクタス 負けざる者たち』では、南アフリカ共和国初の黒人大統領となったネルソン・マンデラとラグビー南ア代表スプリングボクスの主将フランソワ・ピナールの絆が奇跡を生み、世界を変えていく。

 予定調和的な感動を生み出すこの映画は一見、イーストウッドらしからぬ作品に見える。そこには生と死の境界をめぐるドラマがない。だが、よく見ればそれが巧妙に埋め込まれていることに気づくはずだ。モーガン・フリーマン演じるマンデラの姿は、しばしばシルエットに近いかたちでとらえられ、独特のオーラを放っている。それは、大統領としてのオーラでも、不屈の闘志を持った活動家としてのオーラでもない。

 筆者はその姿を見ながら『ミリオンダラー・ベイビー』のモーガン・フリーマンのことを思い出していた。リングで片目を失い、ボクサー生命を絶たれた男スクラップ。登場人物であると同時に物語の静かな語り手でもある彼は、ジムのなかに幽霊のように存在していた。『インビクタス』のマンデラもそれと同じオーラを漂わせている。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   クリント・イーストウッド
Clint Eastwood
脚本 アンソニー・ペッカム
Anthony Peckham
原作 ジョン・カーリン
John Carlin
撮影 トム・スターン
Tom Stern
編集 ジョエル・コックス、ゲイリー・ローチ
Joel Cox, Gary Roach
音楽 カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンス
Kyle Eastwood, Michael Stevens
 
◆キャスト◆
 
ネルソン・マンデラ   モーガン・フリーマン
Morgan Freeman
フランソワ・ピナール マット・デイモン
Matt Damon
ジョエル・ストランスキ スコット・イーストウッド
Scott Eastwood
ジェナ・ロムー ザック・フュナティ
Zak Feaunati
ルーベン・クルーガー グラント・ロバーツ
Grant Roberts
ジェイソン・シャバララ トニー・キゴロギ
Tony Kgoroge
ネリーン マルグリット・ウィートリー
Marguerite Wheatley
ブレンダ・マジブコ アッジョア・アンドー
Adjoa Andoh
リンガ・ムーンサミィ パトリック・モフォケン
Patrick Mofokeng
エチエンヌ・フェーデ ジュリアン・ルイス・ジョーンズ
Julian Lewis Jones
ヘンドリック・ブーイェンズ マット・スターン
Matt Stern
チェスター・ウィリアムズ マクニール・ヘンドリックス
McNeil Hendricks
フランソワの父 パトリック・リスター
Patrick Lyster
フランソワの母 ペニー・ダウニー
Penny Downie
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(配給:ワーナー・ブラザース映画)
 

 『ミリオンダラー・ベイビー』には、イェイツの望郷の念が込められた初期の詩「イニスフリーの湖島」という死者の言葉があった。『インビクタス』では、マンデラがピナールに、死者からの言葉としてウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス」を贈る。

 マンデラが収監されていたロベン島の刑務所跡を訪れたピナールは、狭い牢のなかに死者と生者の媒介者としてのマンデラの幻影を見出す。そして、幻影に導かれるように、舞い上がる砂埃のなかに死者たちを見る。

 ピナールはマンデラを通して死者の声を聞き、ドラマは死から生へと向かう。そこには確かにイーストウッドの世界がある。

《参照/引用文献》
『愛するものたちへ、別れのとき』エドウィージ・ダンティカ●
佐川愛子訳(作品社、2009年)

(upload:2010/05/15)
 
 
《関連リンク》
『グラン・トリノ』 レビュー ■
『ミリオンダラー・ベイビー』レビュー01 ■
『ミリオンダラー・ベイビー』レビュー02 ■

 
 
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