クリント・イーストウッドの作家としての成熟は常に、死者と向き合い、死者に導かれ、死者の声に耳を傾け、死を通して生に目覚めることと深く関わっていた。
『グラン・トリノ』は、主人公ウォルト・コワルスキーの妻の葬儀の場面から始まる。ウォルトにとって唯一の理解者だった彼女は、懺悔してほしいという夫への最後の願いを神父に託していた。そこで、これまでのイーストウッド作品を踏まえるなら、ウォルトがいかにして死者の声に耳を傾け、生に目覚めていくのかに注目したくなるところだが、この映画はそんな予想を裏切る展開を見せる。
朝鮮戦争の帰還兵であるウォルトは、重い過去を背負っているようだが、死者の願いを受け入れて懺悔しようとはしない。それはなぜか。彼が偏屈で頑固ということもあるし、神父や教会を信じていないということもあるが、それだけではない。
ウォルトの在り様は、彼が自慢にしているヴィンテージ・カー<グラン・トリノ>が物語っている。それは彼が自動車工だった時代に手がけた一台だが、毎日、磨き上げた愛車を眺めるだけで、運転することはない。彼の人生とは現在の単純な繰り返しであり、時間が止まっているともいえる。彼はそんなふうにして過去から目を背けている。
そしてこの映画からは、オリヴィエ・アサイヤスの『夏時間の庭』と共通するテーマが浮かび上がってくる。オルセー美術館の全面協力を得て製作された『夏時間の庭』では、母の死と三人の子供たちによる遺産相続が描かれる。そのドラマは筆者に、フランスの古典学者フランソワ・アルトーグの『「歴史」の体制』を思い出させる。そこには、80年代のフランスにおける記憶と遺産化の大ブームがこのように綴られている。 |
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◆スタッフ◆ |
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監督/製作 |
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クリント・イーストウッド
Clint Eastwood |
脚本/原案 |
ニック・シェンク
Nick Schenk |
原案 |
デイヴ・ヨハンソン
Dave Johannson |
撮影 |
トム・スターン
Tom Stern |
編集 |
ジョエル・コックス、ゲイリー・ローチ
Joel Cox, Gary Roach |
音楽 |
カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンス
Kyle Eastwood, Michael Stevens |
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◆キャスト◆ |
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ウォルト・コワルスキー |
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クリント・イーストウッド
Clint Eastwood |
タオ・ロー |
ビー・ヴァン
Bee Vang |
スー・ロー |
アーニー・ハー
Ahney Her |
ヤノヴィッチ神父 |
クリストファー・カーリー
Christopher Carley |
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(配給:ワーナー・ブラザース映画) |
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