グローバリゼーションそのものは新しい現象ではない。経済史では、1914年以前の長い世紀が第一次グローバル化の時代と考えられているという。世界貿易は19世紀を通じて、年4%という史上空前の増加率を記録した。標準的な説明では、この時期に三つの変化があった。まず、新しいテクノロジーによって国際的な輸送や通信に革命がもたらされた。第二に、アダム・スミスやデイヴィッド・リカードといった自由市場経済学者の考え方が時代の牽引役になった。最後に、1870年代までに金本位制が広く受け入れられたことで、国際的な資本の移動が可能になった。
ロドリックはこの標準的な説明に、19世紀に固有の二つの重要な制度を加える。ひとつは、この時代の政策決定者たちの信念体系が一つに収斂したこと。もうひとつは帝国主義で、貿易が急拡大する強力な推進力になった。市場と政府の関係は以下のように説明されている。
「市場は、政府がどんな状況に直面しても、最終的には金平価を防衛するはずだと確信していた。それが、当時の中央銀行のあるべき行動だという信念体系があったからである。金本位制の維持は、金融政策の絶対的な優先事項であった。なぜなら、金本位制が金融安定化の根本だと考えられていたからであり、金融政策に他の競合する目的(完全雇用や経済成長)がなかったからである」
だが、金本位制は、民主主義によって生み出された新たな政治的現実によって崩壊する。そして、次にグローバリゼーションが促進されるのが、第二次大戦後に始まるブレトンウッズ体制の時代だ。ブレトンウッズで取り決められた協定では、露骨な武力外交や帝国支配ではなく、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、関税と貿易に関する一般協定(GATT)という国際機関によってルールが定められ、妥協をともなうことで機能した。
「その妥協とは、活発な国際通商を保障する十分な国際規律と貿易自由化の促進を許容する一方で、各国政府に自国の社会経済的要請に対応する十分な余地を与えることだった。国際経済政策は、国内の政策目標――完全雇用、経済成長、公正、社会保障、福祉国家――に貢献するものでなければならず、その逆であってはならなかった。目標は、節度あるグローバリゼーションの実現であり、ハイパーグローバリゼーションではなかったのだ」
しかし、ウルグアイ・ラウンドを経て1995年に創設された世界貿易機関(WTO)は、より深化した統合へと舵を切り、ハイパーグローバリゼーションを追求する。グローバリゼーションは避けられないものとなり、法人税減税や緊縮財政、規制緩和、労働組合の影響力低下といった共通の戦略を推し進めることが、すべての国に明確に要求されるようになる。それがいかに不公正なものであったのかは、先述した『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』にも詳しく書かれている。
本書では、このようなグローバリゼーションの流れを踏まえて、“世界経済の政治的トリレンマ”が検証される。そこには、ハイパーグローバリゼーション、国家主権、民主主義をめぐって三つの未来が想定されている。
「選択肢は、世界経済の政治的トリレンマの原理を示している。ハイパーグローバリゼーション、民主主義、そして国民的自己決定の三つを、同時には満たすことはできない。三つのうち二つしか実現できないのである。もしハイパーグローバリゼーションと民主主義を望むなら、国民国家はあきらめなければならない。もし国民国家を維持しつつハイパーグローバリゼーションも望むなら、民主主義のことは忘れなければならない。そしてもし民主主義と国民国家の結合を望むなら、グローバリゼーションの深化にはさよならだ」
著者はこの三択のなかで、民主主義と国民国家を選ぶ。新自由主義の信奉者であれば、グローバリゼーションと国民国家を取るだろう。民主主義とグローバリゼーションを取れば、グローバル・ガバナンスの方向に沿って進むことになるが、著者はこの選択に懐疑的だ。「仮にルールが民主的につくられるとしても、世界は、共通のルールによって押し込めるには国による多様性がありすぎる。グローバル・スタンダードや規制は、単に実現不可能なだけではない。それらは望ましくないのだ。国家の正統性を制約しても、グローバル・ガバナスが行き着く先は最低限の共通基準と、弱くてさほど効果のないルールを持った体制であろう」。確かにその通りだと思う。
そうなると、グローバリゼーションを「薄く」とどめ、ブレトンウッズの妥協を21世紀に向けてアップデートするほかに選択肢はなくなる。国際貿易体制を改革し、個々の国が政策を画策する余地を広げるとか、グローバル金融を規制し、低率のグローバル税を課すとか、世界の労働市場を開放するなど、本書の着地点は、スティグリッツの『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』のそれと大きく異なるわけではない。だが、そこに至る筋道は非常に新鮮であり、状況に応じて様々な教訓を引き出すことができる。 |