ファティ・アキン
Fatih Akin


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(初出:『アジア映画の森――新世紀の映画地図』、若干の加筆)
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国や民族を越えた新たな関係性を切り拓く

 

 ファティ・アキンは、1973年にトルコ系の移民二世として港湾都市ハンブルクに生まれた。当初は俳優を志し、舞台やテレビに出演していたが、ステレオタイプな役ばかりであることに嫌気がさし、ハンブルク造形芸術大学に進学。95年の短編『Sensin…You’re the One!』(未)で評価され、『Short Sharp Shock』(98/未)で長編デビューを果たした。

 そんなアキンの作品では、ドイツとトルコを舞台にした物語が目立つ。『太陽に恋して』(00)、『愛より強く』(04)、『そして、私たちは愛に帰る』(07)の主人公たちは、それぞれの事情でドイツからトルコのイスタンブールに向かう。アキンのバックグラウンドを踏まえるなら、彼自身のアイデンティティの探求が、主人公たちの旅に反映されていると思いたくなる。だが、彼はそれをあっさりと否定している。筆者が来日したアキンにインタビューしたとき、彼は『ソウル・キッチン』(09)以前の作品について以下のように語っていた。

「以前の作品の主人公たちはみんな旅をしていた。たとえばドイツから約束の地だと思ってトルコに行くけど、実際にはそうではないというように。彼らに共通しているのは、ホームを、あるいは自由を探し求めているということだ。作品が扱うその問題が僕自身の問題だと解釈されて、ホームはどこなのかといつも自問しているように思われているけど、それは違う。僕のなかではすでに解決しているので、探求する必要がないんだ」

 アキン自身が見出した答えは、トルコ系移民の問題と直接関係がない初期の作品『太陽に恋して』にすでに表れているように思える。


   《データ》
1998 『Short Sharp Shock(英題)』

2000 『太陽に恋して』

2004 『愛より強く』

2007 『そして、私たちは愛に帰る』

2009 『ソウル・キッチン』

2014 『ザ・カット/The Cut(原題)』

(注:これは厳密なフィルモグラフィーではなく、本論で言及した作品のリストです)
 
 

  ハンブルクに暮らすさえない教育実習生のダニエルは、旅の途中のトルコ人メレクに一目惚れし、彼女を追ってイスタンブールに向かう。実は、思いもよらない偶然からそんな出会いのきっかけを作ってしまったのは、ダニエルに想いを寄せるアクセサリー売りのユーリだった。さらに偶然が重なり、失恋の痛手からどこか遠くに行こうとするユーリが、ダニエルの旅の同行者になる。この映画が物語るのは、ダニエルが求めているものは最初から目の前にあるが、旅をしなければそれに気づくこともなかったということだ。

 アキンはトルコそのものにルーツを求めようとはしない。アイデンティティに対する彼の考え方は、この映画の音楽にも表れている。サントラで際立っているのは、ブルックリンを拠点にするブルックリン・ファンク・エッセンシャルズ(以下BFE)の98年のアルバム『In the Buzzbag』に収められた楽曲だ。BFEはツアーでトルコを訪れたときに、地元のダブルムーン・レコードのオファーを受けて、トルコのバンド、ラチョ・タイファとのコラボレーションというかたちでこのアルバムを作った。そこには、文化やジャンルといった境界を超えた世界がある。

 アキンは音楽に大きな影響を受けているが、先述したインタビューで以下のように語っていた。

「移民のようなバックグラウンドがあると、アフリカ系アメリカ人の社会や音楽に容易く共感できる。僕は十代の頃にヒップホップに傾倒し、そのムーヴメントに強い影響を受けた。そこまで共感できたのは、体制に対するマイノリティの音楽だったからだ。ドイツのなかのトルコ系移民というバックグラウンドを持つ僕は、世界中のマイノリティとすぐに共鳴できる。たとえば、メキシコのチアパスや中国のチベット、トルコのクルド人などに関するニュースを読むと、なによりもまず共感が湧き上がってくるんだ」
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