想田和弘監督の『選挙』は、2005年秋に市議会議員の補欠選挙に出馬した「山さん」こと山内和彦の選挙戦を追ったドキュメンタリーだ。想田監督は、大学時代のクラスメートだった山さんの立候補を偶然知り、ほとんど準備もなく撮影に入り、結果的に非常に興味深い題材を見出した。
東京で切手コイン商を営んでいた山さんは、自民党から声をかけられて候補者公募に応募し、成り行きまかせで立候補することになった。これまで政治活動の経験もなく、選挙区は、縁もゆかりもない川崎市宮前区。彼には、地盤も自分の後援会もない。
しかし自民党には、それでも彼を勝たせなければならない事情があった。負ければ市議会与党の座を奪われる。この補欠選挙は、一議席をめぐる政党間の争いになっていた。自民党は、総力をあげて議席を勝ち取ろうとする。そんな選挙戦からは、巨大な組織と個人の複雑な関係が、鮮明に浮かび上がってくる。
候補者公募は、幅広い分野から清新な人材を発掘し、無党派層にアピールするための戦略である。選挙区は、浮動票が多い東京近郊のベッドタウンである。そして、小泉首相の大ファンである山さんは、改革を訴える。そこには、理にかなった方向性があるように見える。
しかし、自民党公認となった山さんが直面するのは、伝統やしきたり、上下関係を重んじる体育会系の組織だ。彼は、「何をやっても怒られ、何をやらなくても怒られ」る。それでも先輩議員たちを立て、笑顔を絶やさず、「電柱にもおじぎ」作戦を繰り広げ、組織票固めに奔走する。
想田監督は、そんな組織と個人の関係をユニークなスタンスで描き出している。この映画には、ナレーションや字幕などの説明的な情報がまったく加えられていない。想田監督は、対象と最後まで一定の距離を置き、観察に徹している。その解釈は個々の観客に委ねられているわけだが、それでも撮影された素材から選び出された映像や編集は意味を持っているように思える。 |