選挙
Campaign


2007年/日本/カラー/120分/ヴィスタ/ステレオ
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(初出:「キネマ旬報」2007年6月下旬号)

政党の基盤は揺らぎ、「どぶ板選挙」は形骸化する

 想田和弘監督の『選挙』は、2005年秋に市議会議員の補欠選挙に出馬した「山さん」こと山内和彦の選挙戦を追ったドキュメンタリーだ。想田監督は、大学時代のクラスメートだった山さんの立候補を偶然知り、ほとんど準備もなく撮影に入り、結果的に非常に興味深い題材を見出した。

 東京で切手コイン商を営んでいた山さんは、自民党から声をかけられて候補者公募に応募し、成り行きまかせで立候補することになった。これまで政治活動の経験もなく、選挙区は、縁もゆかりもない川崎市宮前区。彼には、地盤も自分の後援会もない。

 しかし自民党には、それでも彼を勝たせなければならない事情があった。負ければ市議会与党の座を奪われる。この補欠選挙は、一議席をめぐる政党間の争いになっていた。自民党は、総力をあげて議席を勝ち取ろうとする。そんな選挙戦からは、巨大な組織と個人の複雑な関係が、鮮明に浮かび上がってくる。

 候補者公募は、幅広い分野から清新な人材を発掘し、無党派層にアピールするための戦略である。選挙区は、浮動票が多い東京近郊のベッドタウンである。そして、小泉首相の大ファンである山さんは、改革を訴える。そこには、理にかなった方向性があるように見える。

 しかし、自民党公認となった山さんが直面するのは、伝統やしきたり、上下関係を重んじる体育会系の組織だ。彼は、「何をやっても怒られ、何をやらなくても怒られ」る。それでも先輩議員たちを立て、笑顔を絶やさず、「電柱にもおじぎ」作戦を繰り広げ、組織票固めに奔走する。

 想田監督は、そんな組織と個人の関係をユニークなスタンスで描き出している。この映画には、ナレーションや字幕などの説明的な情報がまったく加えられていない。想田監督は、対象と最後まで一定の距離を置き、観察に徹している。その解釈は個々の観客に委ねられているわけだが、それでも撮影された素材から選び出された映像や編集は意味を持っているように思える。


◆スタッフ◆
 
監督/撮影/編集   想田和弘
製作 Laboratory X Inc.
 
◆キャスト◆
 
    山内和彦
  山内さゆり
  小泉純一郎
  川口順子
  石原伸晃
  荻原健司
  橋本聖子
-
(配給:アステア)
 

 この映画は、山さんの「辻立ち」から始まる。彼は駅前に立って、家路を急ぐ有権者たちにビラを配り、拡声器で改革を訴える。その場面では、足を止める有権者はいないものの、少なくとも彼は有権者の方を向いている。しかし、組織の総力戦が始まると、有権者ではなく組織の方を向かざるを得なくなる。そして投票日の晩、開票の経過が舞い込む後援会事務所には、山さんと夫人の姿がない。それは偶然とはいえ、実に象徴的である。

 こうした映画の流れは、「どぶ板選挙」とは何かということを考えさせる。小沢一郎はどぶ板選挙についてこう書いている。「僕は、「どぶ板選挙」こそが、本当の選挙だし、それがなくなったときに民主主義はなくなるとさえ思っているのだ」「あれこれ考える前に、行動する。有権者の中に飛び込んでいって、みんなの話を聞く。これに勝る勉強はない」。山さんの選挙戦を、この言葉と同じ意味でどぶ板選挙ということはできない。彼がカーネル・サンダースの人形に語りかける姿には、形だけのどぶ板選挙に対するやるせない思いを見ることができるだろう。

 さらにこの映画では、何気ない世間話のなかから突然、時代の変化を示唆するような話が飛び出してくる。たとえば、今回の補欠選挙だけ山さんの応援をすることになったある党員の女性は、以前に共産党の議員に事務所を貸したら、後援会が慌てて電話をしてきたという話をする。しかもその後に「貸してなんぼの商売だから」と付け加え、あっけらかんとしている。彼女は、創価学会の人にも駐車場を貸しているが、自民党の単独政権の時代であれば、電話がかかってきたかもしれない。

 巨大な政党が、様々な組織の構成員を政治活動に動員することができたのは、政党を支援することが組織の安定に繋がったからだった。しかし、経済自由化や市場開放が急速に進む時代のなかで、政党はそうした組織の利益を維持する権力を確実に失いつつある。


《参照/引用文献》
『小沢主義』 小沢一郎●
(集英社インターナショナル、2006年)

(upload:2007/12/24)
 
《関連リンク》
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