想田和弘インタビュー01
Interview with Kazuhiro Soda


2009年4月 渋谷
精神/MENTAL――2008年/アメリカ=日本/カラー/135分/16 : 9/ステレオ
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(初出:「CDジャーナル」2009年6月号)

先入観に縛られず、逆の発想から生み出される観察映画の魅力

 2007年の『選挙』に続く想田和弘監督の新作『精神』が公開される。想田監督は、“観察映画”という非常にユニークなスタイルによって、ドキュメンタリーの世界に新風を吹き込むだけではなく、いまのメディアの在り方に一石を投じたといってよいだろう。

「いま巷に溢れている映像には、こう見てください、ここは笑うところで、ここは涙を流すところで、というように、それ以外のとらえ方ができないような一方通行のコミュニケーションが蔓延している。受け手がいつも噛み砕かれた流動食のようなものばかりを食べさせられて、咀嚼力がどんどん弱くなっていくという状況があると思うんです。僕の映画は、ナレーションもテロップも音楽もないから、観客が目の前の映像をよく観て情報を得て、考え、解釈していかなければならない。でもそれが、受け身ではない、双方向性を持ったコミュニケーションに繋がるのではないかと信じています」

 観察映画第2弾の『精神』の題材は、これまでタブーとされてきた精神科の世界だ。想田監督は、素顔で出ることを了承してくれた患者だけにカメラを向けた。だからこの映画にモザイクはない。舞台となる「こらーる岡山」は、鍵のない開かれた診療所で、併設された作業所では、職員と患者が一緒に働いている。だからよく見ていないと、カメラがとらえた人物が、職員なのか患者なのかもわからない。


◆プロフィール◆
想田和弘
1970年、栃木県足利市生まれ。1993年からニューヨークに在住、劇映画やドキュメンタリーを制作し現在に至る。97年、学生時代に監督した短編映画『ザ・フリッカー』がヴェネチア国際映画祭銀獅子賞にノミネートされる。96年には長編『フリージング・サンライト』がサン・パウロ国際映画祭・新進映画作家賞にノミネート。95年の短編『花と女』はカナダ国際映画祭で特別賞を受賞した。これまでにNHKのドキュメンタリー番組を合計40本以上演出、中でも養子縁組の問題を扱った「母のいない風景」は01年、テリー賞を受賞した。
観察映画第一弾のドキュメンタリー映画『選挙』(07年)は、ベルリン国際映画祭、シネマ・ドゥ・レエル、香港国際映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭など世界中の映画祭に招待され、英BBC、米PBS、NHKなど約200カ国でテレビ放送された。日本では、参議院選挙の直前に全国で劇場公開され、話題を呼んだ。観察映画第二弾『精神』(08年)は、釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。ベルリン国際映画祭、ニューヨーク近代美術館、香港国際映画祭、シネマ・ドゥ・レエル、ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭など、世界中の映画祭から招待が殺到している。現在、劇作家の平田オリザ氏と青年団を被写体にした観察映画第三弾『演劇(仮題)』を撮影中。
東京大学文学部宗教学科卒。スクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科卒(ニューヨーク)。
(『精神』プレスより引用)

 そして観客は、先入観を持つことなく、健常者と障害者、あるいは精神というものについて、自分で考え、解釈していくことになる。この診療所は、観察映画にとって格好の題材のように見えるが、想田監督にはそんな計算があったわけではない。

「僕はリサーチをしないし、撮る前から『こういうものが撮りたい』と思わないようにしている。こらーる岡山にカメラを向けたから、ああいう映画になったということで、別のものに向けていたら、まったく別の映画になって、テーマすら変わっていたと思いますね。すべては逆の発想というか、ドキュメンタリストは普通、精神科なら精神科という題材の全体状況をまず調査し、そのなかからこことあそこというように被写体を選び出し、撮影していくんですが、僕の場合はまず被写体ありき。その狭いところにじっくりとカメラを向けて、そこから広い世界を見ていくようにしています」

 この逆の発想は興味深い。観察映画の強みは、テーマや題材に縛られないところにある。想田監督が観察しているのは、突き詰めれば人と人の繋がり、コミュニケーションの在り方のように思えてくる。

「『選挙』で描いた世界と『精神』で描いた世界では、コミュニケーションの在り方が180度違っていて、日本社会の中心部と周辺部を見るような感じがあると思います。『選挙』に登場する人々は、社会の価値観を丸呑みにして、疑問や感情のスイッチをオフにしているように見える。『精神』では逆に、誰も既成の価値観を受け入れてなくて、スイッチがオンなんですよ。で、今製作中の次の作品は、平田オリザさんと劇団『青年団』の話で、彼らは芸術家集団ですから、中心でも周辺でもない。その中間なんです。この3本からは日本社会の多面的な様相が見えてくるのではないかと思っています」


(upload:2009/11/27)
 
 
《関連リンク》
観察映画第1弾『選挙』 レビュー crisscross
観察映画第2弾『精神』 レビュー crisscross
観察映画番外編『Peace ピース』 レビュー crisscross
『精神病とモザイク タブーの世界にカメラを向ける』 レビュー crisscross
『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』 レビュー crisscross
想田和弘インタビュー02 『演劇1』『演劇2』 crisscross
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