最終目的地
The City of Your Final Destination  The City of Your Final Destination
(2009) on IMDb


2008年/アメリカ/カラー/117分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「映画.com」2012年9月25日更新、若干の加筆)

 

 

辺境の地で身動きがとれなくなった
人間たちの“最終目的地”とは

 

 ジェームズ・アイヴォリーが強い関心を持ち、その作品の映画化をもくろむ作家には共通点がある。ヘンリー・ジェイムズもE・M・フォスターもカズオ・イシグロも、それぞれに独自の体験から国境を超えた国際的な視点を培い、異国や異文化のなかを彷徨う人物、あるいは、国家や階層、ジェンダーなどをめぐる境界に立たされる人物の意識を掘り下げてきた。

 『ママがプールを洗う日』や『うるう年の恋人たち』、『ウィークエンド』といった作品で知られるピーター・キャメロンは明らかにそういう作家ではない。だが、この映画の原作である『最終目的地』は例外といえる。だからこそ、アイヴォリーもこの作品に惹かれたのだろう。

 映画『最終目的地』の主な舞台になるのは南米ウルグアイの辺境の地だ。朽ちかけた屋敷に、自ら命を絶った作家ユルス・グントの妻キャロライン、ユルスの愛人だったアーデンと小さな娘、ユルスの兄アダムとそのパートナーのピートが暮らしている。そこに突然アメリカから大学教員の青年オマーがやって来る。彼の目的は、ユルスの伝記執筆の公認を得ることだった。

 この映画の主人公はみな故郷を喪失したディアスポラだ。屋敷に暮らす人々は、それぞれの事情や巡り会わせでドイツやアメリカ、イギリス、日本を離れ、この辺境の地で暮らすことになった。そしてオマーもまた、イラン系のアメリカ人である。まさに彼らは、異国や異文化のなかに身を置いている。

 それに加えてこの物語の場合には、死者が登場人物たちを結びつけていくところが興味深い。著書を一冊だけ残して自殺した作家ユルスが、伝記執筆の公認を得たいオマーとユルスの遺言執行者たちを出会わせる。

 作家の未亡人、愛人とその娘、作家の兄とそのパートナーは、辺境の地で作家の不在という空白に囚われ、時間が止まってしまったような空間を生きている。しかし、大学教員が泥濘に足をとられるエピソードが示唆するように、彼もまた最初から自覚のないままに身動きがとれなくなっている。

 このドラマに劇的といえる展開はほとんど見当たらないが、それでも私たちを引き込んでしまうのは、アイヴォリーの新たな一面とますます磨きがかかった話術が融合しているからだろう。

 新たな一面は、たとえば音楽に表れている。アイヴォリー作品の音楽は、前作『上海の伯爵夫人』までリチャード・ロビンスが手がけてきたが、この新作ではその導入部で特徴的なマリンバの響きを耳にした瞬間から異なる雰囲気が広がるのを感じる。音楽を手がけているのは、『モーターサイクル・ダイアリーズ』でウルグアイ人として初めてアカデミー賞主題歌賞を受賞したホルヘ・ドレクスレルだ。


◆スタッフ◆
 
監督   ジェームズ・アイヴォリー
James Ivory
脚本 ルース・プラワー・ジャブヴァーラ
Ruth Prawer Jhabvala
原作 ピーター・キャメロン
Peter Cameron
撮影 ハビエル・アギーレサロベ
Javier Aguirresarobe
編集 ジョン・デヴィッド・アレン
John David Allen
音楽 ホルヘ・ドレクスレス
Jorge Drexler
 
◆キャスト◆
 
アダム・グント   アンソニー・ホプキンス
Anthony Hopkins
キャロライン・グント ローラ・リニー
Laura Linney
アーデン・ラングドン シャルロット・ゲンズブール
Charlotte Gainsbourg
オマー・ラザギ オマー・メトワリー
Omar Metwally
ピート 真田広之
Hiroyuki Sanada
ディアドラ アレクサンドラ・マリア・ララ
Alexandra Maria Lara
ユーエン夫人 ノルマ・アレアンドロ
Norma Aleandro
ポーシャ アンバー・モールマン
Ambar Mallman
アルマ ノルマ・アルジェンティーナ
Norma Argentina
ペレイラ医師 ルチアノ・スアルディ
Luciano Suardi
-
(配給:ツイン)
 

 その一方で、この映画では、原作の饒舌な言葉が簡潔な映像言語に置き換えられている。ナチスの迫害を逃れて南米に渡った一族の歴史を刻むホームムービー、作家の未発表原稿、兄が隠し持つ亡母の宝石などは、登場人物たちを呪縛するものであると同時に、解放の契機にもなりうる。そうしてものをめぐるエピソードを通して、彼らの心の揺れや変化を想像していくうちに、それぞれの新たな“最終目的地”が見えてくるのだ。


(upload:2013/06/22)
 
 
《関連リンク》
ピーター・キャメロン 『最終目的地』 レビュー ■
ジェームズ・アイヴォリー 『上海の伯爵夫人』 レビュー ■
ジェームズ・アイヴォリー 『金色の嘘』 レビュー ■
カズオ・イシグロ・インタビュー ■
ビレ・アウグスト 『リスボンに誘われて』 レビュー ■
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