ミフネ
Mifunes sidste sang / Mifune’s Last Song


1999年/デンマーク/カラー/98分/ヴィスタ/ドルビーSR
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(初出:『ミフネ』プレス用解説、若干の加筆)

 

 

偽りの世界に取り込まれた男女は
共同生活のなかで本来の自分を取り戻していく

 

 兄弟は子供の頃に“ミフネごっこ”をして遊んだ。弟はトシロー・ミフネのサムライの真似をして知的障害を抱える兄を喜ばせた。兄にとって弟は、強くて絶対に諦めない七人目のサムライだった。時は流れ、そんな兄弟の絆も忘れ、野心家となった弟は、天涯孤独を装い、まったく違う人生を歩もうとする。しかし兄との再会が転機となり、自分の人生を見つめ直していく。

 人は社会生活のなかで、過去から逃れたり、目先の表面的な幸福をつかもうとしたり、あるいは、傷つけられたくないために、自分を偽り、気づかぬうちに世界から孤立していることがある。99年のベルリン映画祭銀熊賞に輝いた映画『ミフネ』は、それぞれの事情で孤立する4人の男女が奇妙ななりゆきで共同生活を送り、そのなかで本来の自分を受け入れ、絆を取り戻し、あるいは新たに築き上げていくヒューマンドラマだ。

 貧しい田舎者という過去を捨てたクレステンは、都会人を装い、自分が勤める会社の社長令嬢と結婚することで成功を手にしようとする。しかし父親が亡くなったことから、荒れ果てた農場に戻り、知的障害を抱える兄ルードの面倒をみることを余儀なくされる。

 都会人の彼にとって兄は足手まといでしかなかったはずだが、その兄の存在によって彼の運命が変わっていく。ハウスキーパーとして美しいリーバが現れ、さらに学校を放校処分になった彼女の弟ビアーケも共同生活に加わる。この姉弟もまたクレステンと同じように、それぞれに秘密を抱えているが、彼らは、ルードとの関係を通して心を開き、解き放たれた自由と幸福の喜びに目覚めていく。

 デンマークのソーレン・クラウ・ヤコブセン監督は、ドラマに子供の視点、嘘や秘密などを巧みに織り交ぜ、心が本当に通い合う絆を描きだすストーリーテラーだ。たとえば91年に日本公開された『エマ EMMA』では、裕福ではあるが両親の愛に恵まれない少女が、狂言誘拐を通して、貧しい下水道人夫と出会い、その関係のなかに身分や年令を越えた深い絆と幸福を見出していく。『ミフネ』では、ミフネごっこが兄弟の絆を取り戻し、クレステンが虚しい野心から解放される糸口となる。

 しかしもう一方で、この映画の登場人物たちが育む絆をいっそう新鮮なものにしているのが、セックスをめぐるエピソードだ。この映画には、夫婦の力関係が浮き彫りになるクレステンの新婚初夜や高級娼婦としてのリーバを通して、金や成功と絡んでいたり、ただ欲望だけのセックスのイメージが随所に散りばめられ、主人公たちが自分を偽るという行為と密接に結びついている。それだけに、彼らが自分の本来の姿を見直し、お互いを受け入れていく姿からは、温もりのある幸福感が浮かび上がってくる。

 この映画は、昨年来、世界の映画祭で話題となっているデンマークの監督集団〈ドグマ95〉によるドグマ作品の#3となる。監督のヤコブセンはドグマが課すルールについて以下のように語っている。

私は現実主義者だし、ストーリーテラーだ。だから、ドグマのルールを守りながらも、自分が大事にしてきた伝統も生かしたかった。ルールが絶対というわけではない。結局、今回の作品は『Rubber Tarzen』以来、最も純粋な映画作りの経験となった


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ソーレン・クラウ・ヤコブセン
Soren Kragh-Jacobsen
脚本 アナス・トーマス・イェンセン
Anders Thomas Jensen
撮影 アンソニー・ドッド・マントル
Anthony Dod Mantle
編集 ヴァルディス・オスカスドッチア
Valdis Oskarsdottir
 
◆キャスト◆
 
クレステン   アナス・ベアチルセン
Anders W. Berthelsen
リーバ イーベン・ヤイレ
Iben Hjejle
ルード イエスバー・アスホルト
Jesper Asholt
クレア ソフィエ・ダロベル
Sofie Grabol
ビアーケ エミル・ターディング
Emil Tarding
ゲルナ アナス・ホーベ
Anders Hove
-
(配給:KUZUIエンタープライズ)
 

 確かにこの作品は、すでに日本で公開され、注目された#1の『セレブレーション』と比べてみると、どちらも家族という共通のテーマを扱い、様々な制約のもとに作られているにもかかわらず、映画のスタイルやトーンがまったく違う。幸福を求め、明るい未来にポジティブに踏みだしていく『ミフネ』の物語には、ヤコブセンの姿勢が反映されている。

 ドグマのルールのなかでも、この映画では、特に人工的な照明を使わないことが、登場人物たちの素顔や農場での生活から自然な美しさを引きだすのに大きく貢献している。ヤコブセン自身はドグマについてこうも語っている。「これはテクノロジーにレイプされた監督の演出法、つまり、高価な装置やクレーン、フィルター、カメラ移動車、照明からの解放を意味している」。『ミフネ』は、テクノロジーに縛られことなく、映画の原点に立ち返ったところから魂の解放を描き、さわやかな感動を呼ぶ作品である。


(upload:2010/08/06)
 
 
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