ドグマ95から広がるネットワーク
――ラース・フォン・トリアーの新たな試み


line
(初出:「CD Journal」1999年7月号、若干の加筆)

 映画に関する英語のニューズグループやフォーラムのなかでは、どちらかといえば、ハリウッド映画などよりも、(アメリカ映画以外の)外国映画やインディーズをテーマにしたものの方をよくチェックしている。そういうニューズグループやフォーラムでは、局地的な話題が多いが、 今年の初頭に珍しくかなり盛り上がりを見せた話題があった。それはデンマークから生まれた"ドグマ95"と呼ばれる試みをめぐる意見のやりとりで、ある作品の評価云々というレベルを越えて、映画そのものについてシリアスに語り合うような内容が印象に残った。

 たとえば、ドグマの支持者は、製作費がとめどなく膨らみ、特殊効果が見せ場になるような映画界の風潮のなかで、スタジオに魂を売り渡さなければならなくなっている若い才能をドグマが勇気づけると評価する。また一方では、ドグマには客寄せの戦略がちらつくという人もいた。 そんな意見をいろいろ読みながら、ドグマとはどんな試みであるのか早くこの目で確かめたいと思っていたのだが、やっとその第1弾、トマス・ヴィンターベア監督の『セレブレーション』が公開されることになった。

 ドグマとは、『奇跡の海』のラース・フォン・トリアーを中心としたデンマークの4人の監督たちが始めた試みだ。彼らは映画を救済するための十戒を作り、そのルールに従って映画を撮る。ドグマの作品では、撮影は手持ちカメラに限られ、セットや人工的な照明、背景にある以外の音楽、表面的なアクションや特殊効果にジャンル、 時間的、空間的な乖離なども許されない。

  そんな挑戦的な試みの先陣を切る69年生まれのヴィンターベアは、『セレブレーション』で、十戒の制約を逆手にとるように驚くほど緻密なシナリオを作り、緊迫した群像劇を演出する。ある富豪の還暦を祝うためにたくさんの人々が集まった宴の席で、彼の息子のひとりが、醜悪で苦痛に満ちた家族の秘められた過去を暴露する。 その行為そのものは、座が一瞬ざわめく程度の波紋を投げかけるにすぎないが、集団のなかで複雑に絡み合う感情がこの暴露に呼応し、宴の席は状況的にも心理的にも閉塞的な空間へと変化する。招待客たちはこの閉塞感から逃れるために、黒人の客をスケープゴートにし、酔いにまかせて奇行を繰り広げるが、 絡み合う感情は最後まで真実を求めつづけ、還暦の祝宴は別な儀式へと変貌していくことになる。


ドグマの"純潔の誓い"
1. すべてロケーション撮影によって行う。小道具やセットは持ち込んではならない。

2. 音楽は使ってはならない(背景にある音楽は可)

3. カメラは手持ちカメラを使う。

4. カラー映画であること。人工的な照明は禁止。

5. オプティカル処理やフィルター使用は禁止。

6. 殺人や武器の使用、爆破などの表面的なアクションは禁止。

7. 時間的、地理的な乖離は禁止。

8. ジャンル映画は禁止。

9. フィルムはアカデミー35mm(スタンダード・サイズ)を使用。

10. 監督はクレジットに載せてはいけない。

 

 

 


 筆者はこの後、ドグマの第三弾となる『ミフネ』(2000年公開予定)も観る機会に恵まれたのだが、第1弾と共通する要素があるドラマでありながら、まったく違う雰囲気の作品になっているのが非常に面白く、その違いにドグマの魅力と可能性を感じた。世界が注目するのも頷けるというものだが、 この4月半ばに動きだしたドグマの公式ページThe Official Dogme95を覗くと、具体的にどんな反響があるのかがよくわかる。そこには、ドグマとその作品の紹介、監督インタビューなどの他に掲示板があり、世界各国から千通を越えるメッセージが寄せられているのだ。

 ドグマは確かに世界に散らばる若い作家たちを勇気づけている。イタリア、スペイン、カナダ、アメリカ、南アなどから、ドグマに触発されて自分もドグマの映画を撮りたいとか、すでに作りはじめているというメッセージが届いているのだ。さらに、カナダでドグマの映画を作るためのスタッフを募集するメッセージに応募があったり、 イタリアでドグマについて語り合うチャットができたり、オランダ、ロシア、アルゼンチン、ブラジルなどの国々で、研究論文のテーマにドグマを選んだ学生や熱狂的なファンが、国境を越えて意見や情報を交換するなど、独自のネットワークが確実に広がりつつある。

 またドグマが投げかけた波紋によって、各国の映画をめぐる状況も浮かび上がってくる。カナダでドグマの映画を作ることに決めたあるプロデューサーは、ヴァンクーヴァーの映画産業がアメリカのプロダクションの植民地と化し、ハリウッドの習慣が染みついてしまっている現状のなかで、ドグマはそれを打破するきっかけになるという。 ベルギーに暮らすルーマニア人のフリーライターは、資金難のために映画製作がままならないルーマニアなどの東欧諸国にドグマを紹介すれば、産業の活性化の起爆剤になるのではないかという期待を持ち、協力を求めている。

 但し、メッセージのなかには問題を指摘する声もある。たとえば、みんなが一斉にドグマを始めたら、コントロールを失い、自滅を招くという意見は確かに一理ある。さらには、トリアーやスピルバーグの名前を使ってふざけたメッセージを投稿し、シリアスなコミュニケーションを台無しにしようとする連中も出てきている。

 というように問題もあるが、ドグマの可能性をインターネットがさらに広げようとしているのは事実であり、それは非常に興味深いことのように思える。


(upload:2001/02/04)
 
 

《関連リンク》
The Official Dogme95-Website ■
トマス・ヴィンターベア・インタビュー ■
ソーレン・クラウ・ヤコブセン・インタビュー ■
『セレブレーション』レビュー ■
『ミフネ』レビュー ■

 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp
 


copyright