マチャン(原題)
Machan


2008年/スリランカ=イタリア=ドイツ/カラー/109分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:)

 

 

他者の現実に飛び込み、他者の視点から世界を見直す
実話に基づく即席スリランカ・ハンドボール・チームの物語

 

[ストーリー] スリランカの港湾都市コロンボ。物語は、スラムに暮らし、豊かなヨーロッパで働くことを夢見るManojとStanleyが、ドイツ大使館に申請したビザを却下されるところから始まる。借金がかさみ、家族も養えない彼らは、ドイツのバイエルンで開催されるハンドボールのトーナメントのチラシを目にして、ある計画を思いつく。

 ハンドボールがどんな競技なのかもまったく知らないのに、チームを作り、トーナメントに参加すればドイツに行くことができると考える。彼らのもとに、計画を耳にし、どうしてもヨーロッパに行きたい連中が集まってくる。そのなかには警官や墓掘人も含まれている。スリランカで唯一のチームなので、名前は“スリランカ・ナショナル・ハンドボール・チーム”に決まる。なんとかトーナメントの主催者からの招待状を手にした一団は、ドイツに向かって旅立つが――。

 イタリア出身、『パルーカヴィル』や『フル・モンティ』のプロデューサー、間もなく監督第二作の『おみおくりの作法』(13)が公開されるウベルト・パゾリーニの初監督作品がこの『マチャン(原題)/Machan』だ。スリランカ社会の底辺で身動きがとれなくなっている男たちが、ハンドボールのことをまったく知らないにもかかわらず、即席の(というより偽の)チームを作ることでヨーロッパ行きの切符を手にしようとする物語は、まさにスリランカ版『フル・モンティ』といえる。(本文、下段につづく)


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ウベルト・パゾリーニ
Uberto Pasolini
脚本 ルワンティ・ディ・チケラ
Ruwanthie De Chickera
製作 プラサンナ・ビターナゲー、コンチータ・アイロルディ
Prasanna Vithanage, Conchita Airoldi
撮影監督 ステファーノ・ファリヴェーネ
Stefano Falivene
編集 マサヒロ・ヒラクボ
Masahiro Hirakubo
音楽 スティーヴン・ウォーベック
Stephen Warbeck, Lakshman Joseoh De Saram
 
◆キャスト◆
 
Stanley   Dharmapriya Dias
Manoj Gihan De Chickera
Suresh Dharshan Dharmaraj
Vijith Namal Jayasinghe
Piyal Sujeewa Priyalal
Nassem Dayadewa Edirisinghe
Ruan Mahendra Perera
Nesa Pitchechei Selvaraj
Oaf Kumara Thirimadura
-
(配給:)
 

 筆者は『おみおくりの作法』のプロモーションで来日したパゾリーニ監督にインタビューしたが、彼のフットワークとネットワークは非常にユニークで面白いと思う。もともと彼は成功を収めた投資銀行家だったが、仕事ができすぎて(本人の言葉だ)このままでは一生抜けられなくなると思い、仕事を辞めた。それから知人のつてで敏腕プロデューサー、デヴィッド・パットナムに会い、現場まできてくれたら面倒をみてもいいと言われる。お金に困っていなかった彼は、『キリング・フィールド』を撮影しているタイの現場に出向き、雑用係として働いた。そんなところから彼の映画人としてのキャリアが始まった。

 この『マチャン(原題)』の場合にも、同じようなフットワークとネットワークが見られる。あるニュース記事から実話にインスパイアされたパゾリーニは、スリランカに行ったこともないのにそこで映画を作ろうと考える。

 この映画には、スリランカを代表する監督プラサンナ・ビターナゲーが製作に加わっているが、その経緯が興味深い。ビターナゲーがロンドンの友人から、『フル・モンティ』のプロデューサーがスリランカを舞台にした映画を作りたがっているという知らせを受けたときには、一体スリランカについて何を知っているのかと思ったという。それでも会ってみることにしたのは、パゾリーニが、ビターナゲーが尊敬するルキノ・ヴィスコンティの甥だったからだ。

 ビターナゲーに会ったパゾリーニは、未知の国に対する貪欲な探究心を露にし、ふたりはコロンボのダウンタウンを歩き回った。パゾリーニは、地元の言葉で映画を作り、イタリアのネオリアリスモの伝統を継承するような語り方をしたいとも語った。さらにこの映画の場合には、コロンボ生まれで、イギリスで活躍する劇作家/演出家のルワンティ・ディ・チケラが、パゾリーニとともに脚本を手がけていることも見逃せない。

 この映画には、そのような背景があるため、外国人が撮ったおかしな映画にはなっていない。『フル・モンティ』のストリップにもいえることだが、偽ハンドボール・チームのエピソードは、その根底にリアリティがなければユーモアにならない。登場人物のひとりは、家族を守るためにはもはや自分の腎臓を売るしかないと考える。別の人物は、子供を置いて中東に出稼ぎに行こうとしている妻を止められない自分の不甲斐なさに苛まれている。

 『フル・モンティ』とこの映画の魅力は、風変わりなアイデアによるサバイバルが、結果的に共同体の確認に繋がっていくところにある。この映画では、ドイツに渡った一団が、予想外の展開で実際に試合に臨むことになってしまう。それが共同体の確認に繋がる。そして私たちは、他者の視点からこの世界を見直すことになる。


(upload:2015/01/11)
 
 
《関連リンク》
“Machan” directed by Uberto Pasolini Official Site
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