フル・モンティ
Full Monty


1997年 / イギリス / カラー / 93分
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(初出:「中央公論」97年12月号、若干の加筆)

 

 

サッチャリズムの産物と労働者のプライド

 

 80年代の後半から現代に至るイギリス映画では、サッチャリズムによるイギリス社会の変化が様々なかたちで反映された作品が少なくないが、最近公開される新作ではそれが特に際立っているように思う。

 たとえば日本でも大ヒットした『トレインスポッティング』。未来を選べ≠ニいうこの映画のキャッチコピーには、人々の極端な上昇志向や消費の欲望に火をつけたサッチャリズムが反映されている。但し、この映画の場合には皮肉が込められている。 ひとつは、主人公がドラッグの生む金で未来を選ぶことだ。イギリスでドラッグが労働者のあいだに急激に広まったのはサッチャー政権の80年代のことであり、ドラッグはサッチャリズムの副産物ともいえるのだ。

 そしてもうひとつ、主人公は仲間たちを裏切って未来を選ぶが、 裏切られる仲間たちのキャラクターが実に象徴的なのだ。ある者は酒を浴びるように飲むが、ドラッグには手を出さないというようにかつての労働者の価値観を引きずり、ある者はスコットランドの自然に深くこだわっている。そんな仲間たちを裏切って手にする未来には、 サッチャリズムのなかで労働者やスコットランド人といったアイデンティティが崩壊しつつあることが暗示されているのだ。

 ピーター・カッタネオ監督のデビュー作となる『フル・モンティ』は、この『トレインスポッティング』を踏まえてみるといっそう興味深い。舞台はケン・ローチ作品でも馴染み深い鉄鋼の町シェフィールド。鉄鋼所の閉鎖で失業し金に困る六人の男たちは、 男のストリップの巡回ショーに町の女たちが殺到しているのを見て、生活費や息子の養育費をひねり出すためにストリップに挑戦することを決意する。

 この映画の脚本を書いたサイモン・ボーフォイはこんなことを語っている。「十五年前まで、男のストリッパーなんてイギリスでは聞いたこともなかった」。ボーフォイ自身はこの言葉で男女の立場の変化を表現しようとしているようだが、男のストリッパーは、 ドラッグと同じようにサッチャリズムの副産物ともいえるわけだ。主人公たちはそんなストリップで未来を選ぼうとするのである。

 この映画は、そんな展開に加えてディテールにも鋭い皮肉が巧みに散りばめられている。それぞれに肉体的なコンプレックスを持つ彼らは、密かに男のシンボルを大きくするための怪しげな器具を買い込んだり、ダイエットするためにサランラップを身体中に巻き付ける。 そんなエピソードは同時にサッチャリズムが作った見栄えだけの社会に対する痛烈な風刺にもなっている。


◆スタッフ◆

監督
ピーター・カッタネオ
Peter Cattaneo
脚本 サイモン・ボーフォイ
Simon Beaufoy
製作 ウベルト・パソリーニ
Umbert Pasolini
撮影監督 ジョン・デ・ボーマン B.S.C
John de Borman B.S.C.
音楽/作曲 アン・ダドリー
Anne Dudley

◆キャスト◆

ギャズ
ロバート・カーライル
Robert Carlyle
ジェラルド トム・ウィルキンソン
Tom Wilkinson
デイブ アーク・アディ
Mark Addy
ジーン レスリー・シャープ
Lesley Sharp
マンディ エミリー・ウーフ
Emily Woof
ロンバー スティーヴ・ヒューイソン
Steve Huison
ホース ポール・バーバー
Paul Barber
ガイ ヒューゴ・スピーア
Hugo Speer
ネイサン ウィリアム・スネープ
William Snape

(配給:20世紀フォックス)
 



 しかしこの映画で最も興味深いのは、主人公たちの関係が『トレインスポッティング』とは見事に対照的な方向へと展開していくところなのだ。当初はまったく足並みがそろわないように見えた彼らはしだいに結束を固めていく。そこには彼らの土壌や気質といったものが反映されている。 たとえば、彼らは、ダンスだと思うと振り付けがまったくそろわないのに、それをサッカーのオフサイド・トラップだと思うと一発で決まるのだ。しかも映画のクライマックスには、社会の変化のなかでばらばらになりかけていたかつての労働者たちのコミュニティが息を吹き返し、活力を取り戻すかのような盛り上がりをみせる。

 そんな『トレインスポッティング』とは対照的な展開には、サッチャリズムに対する反動と労働者のささやかなプライドを垣間見ることができるのだ。

 
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