カールと共に
Je suis Karl


2021年/ドイツ=チェコ/ドイツ語・フランス語・英語・アラビア語・チェコ語/カラー/126分
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(初出:)

 

 

爆破テロで家族を奪われた娘と彼女の心を操る若きファシスト
脚本のヴェンドリヒとシュヴォホー監督は何がしたかったのか

 

[Introduction] 爆破テロによって大切な家族を失った若い女性。悲しみのなかで答えを探す彼女は、知らず知らずのうちに自らの家族の命を奪ったテロ組織の活動に引き込まれていく。監督は『西という希望の地』や『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』クリスティアン・シュヴォホー。脚本は、『僕とカミンスキーの旅』のトーマス・ヴェンドリヒ。ヒロインのマキシを、『ブルー・マインド』のルナ・ヴェドラー、彼女の接近して組織に引き込んでいくカールを、『コリーニ事件』『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』ヤニス・ニーヴーナー(ニーヴナー)、マキシの父親アレックスを、『ちいさな独裁者』や『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』のミラン・ペシェルが演じ、他に『悪魔の愛人 リダ・バーロヴァ』のアンナ・フィアロヴァー、『エンジェル、見えない恋人』のフルール・ジェフリエらが出演。

[Story] プロローグは、ベルリンに住むアレックスとイネスの夫婦が、旅行先のギリシャの路上で出会い、ブダペストで再会したリビア人難民のユスフを、車に隠して国境を越えてドイツまで運ぶエピソード。それから2年が経とうとする頃、一家が暮らすアパートで爆破テロが起こり、他の住人とともにイネスとまだ幼いふたりの息子の命が奪われ、家にいなかったアレックスと長女のマキシが生き残る。父親と娘はそれぞれにトラウマに苦しみ、心を閉ざしていく。

 そんなある日、マキシの前にハンサムな若い男カールが現われ、彼女をプラハで開催されるサマー・アカデミーに誘う。父親と打ち解けられず孤独だったマキシは、サマー・アカデミーに参加することで解放感を覚え、若者の手で新しいヨーロッパをつくる運動に心を動かされていく。だが、そのカールこそが、イスラム過激派のしわざに見せかけて爆破テロを仕組んだ張本人だった。カールに操られるマキシは、彼と共にフランスで旋風を巻き起こす極右のリーダー、オディール・デュヴァルを支援するためパリに向かう。一方、娘の身を案じるアレックスは、ユスフと連絡をとり、マキシの行方を突き止めようと奔走していた。

[以下、本作についての短いコメントです]


◆スタッフ◆
 
監督   クリスティアン・シュヴォホー
Christian Schwochow
脚本 トーマス・ヴェンドリヒ
Thomas Wendrich
撮影 フランク・ラム
Frank Lamm
編集 イェンス・クリューバー
Jens Kluber
音楽 フロークス、トム・ホッジ
Floex, Tom Hodge
 
◆キャスト◆
 
マキシ・バイヤー   ルナ・ヴェドラー
Luna Wedler
カール ヤニス・ニーヴーナー
Jannis Niewohner
アレックス・バイヤー ミラン・ペシェル
Milan Peschel
パンクラツ マルロン・ボエス
Marlon Boess
イトゥカ アンナ・フィアロヴァー
Anna Fialova
ユスフ アジズ・ディアブ
Aziz Dyab
オディール・デュヴァル フルール・ジェフリエ
Fleur Geffrier
-
(配給:Netflix)
 

 前半部の物語は、設定は様々だが、ある種の定型に倣っている。たとえば、ジェームズ・マーシュの『キング 罪の王』では、テキサス南部に暮らす牧師の一家の前に、ガエル・ガルシア・ベルナル扮する若者エルビスが現われ、娘のマレリーを誘惑し、一家の運命を大きく変えていく。デヴィッド・ジェイコブソンの『ダウン・イン・ザ・バレー』では、ロサンゼルスのサンフェルナンド・バレーに暮らす一家の前に、エドワード・ノートン扮する若者ハーレンが現われ、17歳の娘トーブを誘惑し、彼女の父親ウェイドとハーレンが激しくせめぎ合うことになる。

 本作の前半部では、爆破テロで家族を失った娘マキシと彼女を誘惑するカール、そしてマキシの父親アレックスの間に、同じような緊張関係が生まれる。しかし、後半でそのような定型が完全に崩れてしまう。極右のグループが、裏で非合法な活動をしつつ表では合法的に勢力を拡大していこうとするなら、カールの計画は、たとえばティム・ロビンスの『ボブ★ロバーツ』のように、銃撃される狂言になるはずだが、カールは一線を越えて殉教者になろうとする。最初から、武装蜂起やクーデターが目的であるなら、前半部で定型に倣った物語を語る意味すら曖昧になってしまう。

 ヤニス・ニーヴーナーが演じるカールについては、同じクリスティアン・シュヴォホー監督の『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』で、ニーヴーナーが演じる外交官ポール・フォン・ハートマンと比較してみるのもちょっと興味深い。ハートマンはかつてはヒトラーを崇拝していたが、ある出来事がきっかけで反ヒトラーのグループの一員となり、ついにはヒトラー暗殺を企てる。一方、本作では狂信者の道を突き進み、殉教者となる。

 ちなみに、シュヴォホー監督と脚本を手がけたトーマス・ヴェンドリヒは、2016年に、ドイツのネオナチ・テロリスト・グループ”Nationalsozialistischer Untergrund / National Socialist Underground(略してNSU)”が引き起こした殺人事件を題材にしたテレビのミニシリーズ「Mitten in Deutschland: NSU」のなかの1話を共同で手がけていて、そこからさらにリサーチを行って、本作を作り上げたが、そのNSUの印象を引きずったために、このように定型が崩れるような物語になってしまったのかもしれない。


(upload:2022/04/10)
 
 
《関連リンク》
クリスティアン・シュヴォホー 『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』 レビュー ■
ジェームズ・マーシュ 『キング 罪の王』 レビュー ■
デヴィッド・ジェイコブソン 『ダウン・イン・ザ・バレー』 レビュー ■
デヴィッド・ヴェンド『帰ってきたヒトラー』レビュー ■
ティム・ロビンス『ボブ★ロバーツ』レビュー ■
トニー・ケイ『アメリカン・ヒストリーX』レビュー ■

 
 
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