ちいさな独裁者
Der Hauptmann / The Captain


2017年/ドイツ=フランス=ポーランド/ドイツ語/カラー/119分/シネマスコープ/5.1ch
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(初出:『小さな独裁者』劇場用パンフレット)

 

 

共犯関係の積み重ねから生まれる独裁者

 

[Story] 1945年4月、敗色濃厚のドイツでは戦いに疲弊した兵士たちによる軍機違反が相次いでいた。部隊を脱走して無人地帯をさまよう兵士ヘロルトは、道ばたに打ち捨てられた軍用車両の中で軍服を発見。それを身にまとって大尉に成りすました彼は、ヒトラー総統の命令と称する架空の任務をでっち上げるなど言葉巧みな嘘を重ね、道中出会った兵士たちを次々と服従させていく。かくして”ヘロルト親衛隊”のリーダーとなった若き脱走兵は、強大な権力の快楽に酔いしれるかのように傲慢な振る舞いをエスカレートさせ、ついにはおぞましい大量殺人へと暴走し始める...。(プレス参照)

[以下、本作のレビューになります]

 第二次世界大戦後、ドイツ人は、ヒトラーという悪魔と、悪魔に利用された人の好いドイツ人の間に一線を引くことで過去を清算しようとした。しかし、それは事実ではなかった。

 ロバート・ジェラテリーの『ヒトラーを支持したドイツ国民』では、豊富な資料をもとにヒトラーと国民の関係が明らかにされている。ヒトラーは1933年に、国際連盟脱退の賛意を問う国民投票と選挙を行い、その両方で圧倒的な勝利を収め、権力を掌握した。ジェラテリーは、他の政党が非合法化されていたことや反対を示す無効票も踏まえたうえで、以下のように書いている。

「それでも大多数がナチに投票したことに変わりはない。それも人びとは新聞で読んだり口伝えで聞いて、国家秘密警察や強制収容所や政府先導のユダヤ人迫害などを知ってのうえだった。この国民投票と選挙は、いみじくも『ヒトラーの正真正銘の勝利』といわれ、『巧みな操作と自由の欠如を考慮しても』、この瞬間に『ドイツ国民の圧倒的大多数がヒトラーを支持した』という事実は争えない」

 そんな過去を見つめ直すことを怠ればどうなるか。戦後の西ドイツでは経済復興が優先され、脱ナチ化の取り組みは失敗し、連合国によって排斥された人々が復権するなど再ナチ化が進行した。

 過去の克服は容易ではない。だからこそドイツ映画には、これまでにない視点で過去を検証し、現代に警鐘を鳴らす作品が登場してくる。

 実話に基づくロベルト・シュヴェンケ監督の『ちいさな独裁者』は、まさにそんな作品である。筆者が本作を観て真っ先に思い浮かべたのは、3年前に公開されたデヴィッド・ヴェンド監督の『帰ってきたヒトラー』のことだ。この2作品には共通点があり、比較してみると本作に描き出される世界がより興味深いものになるはずだ。

 『帰ってきたヒトラー』では、死んだはずのヒトラーが2014年のベルリンで目覚める。人々は彼をコスプレしたモノマネ芸人だと思う。そして、リストラされたTVディレクターやTV局の局長、局長の椅子を狙う副局長らが、彼を利用して出世を目論む。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ロベルト・シュヴェンケ
Robert Schwentke
撮影監督 フロリアン・バルハウス
Florian Ballhaus
編集 ミハウ・チャルネツキ
Michal Czarnecki
音楽 マルティン・トードシャローヴ
Martin Todsharow
 
◆キャスト◆
 
ヘロルト   マックス・フーバッヒャー
Max Hubacher
フライターク ミラン・ペシェル
Milan Peschel
キピンスキー フレデリック・ラウ
Frederick Lau
シュッテ ベルント・ヘルシャー
Bernd Holscher
ハンゼン ワルデマー・コブス
Waldemar Kobus
ユンカー アレクサンダー・フェーリング
Alexander Fehling
-
(配給:シンカ/アルバトロス・フィルム
/Star Channel Movies)
 

 バラエティ番組に登場したヒトラーは、ドイツ社会の現状を舌鋒鋭く批判して注目を浴び、YouTubeで話題が広がり、大ブームを巻き起こしていく。やがて彼らの力関係が逆転する。ヒトラーを起用する立場にあったはずの局長や副局長は、いつしか保身のために彼に擦り寄ることを余儀なくされている。

 『ちいさな独裁者』の主人公ヴィリー・ヘロルトは、軍服の力と個人の能力だけで権力を掌握し、虐殺を指揮するわけではない。本作では、ヘロルトと彼に従う人物たちの思惑や心理が、緻密かつ巧妙に描き出されている。そこには、シュヴェンケ監督の権力に対する考察が盛り込まれている。

 彼はまず、ヘロルトとフライタークの関係を通して、支配と服従の単純な図式を示す。軍隊の位階秩序を遵守するフライタークは、上官の命令に絶対服従する。しかし、ゴロツキ兵士のリーダー格であるキピンスキーや因縁の相手であるユンカー大尉、収容所の警備隊長シュッテとの関係はそれほど単純ではない。

 ヘロルトと対面したキピンスキーは、彼のズボンの裾が不自然に長いことに気づき、ニンマリしてから敬礼する。彼は明らかに感づいているが、とりあえず従うことにする。捕まる危険を冒して略奪をつづけるよりましだと考えたのだろう。要するに利用しようとするのだ。そんな彼は、ヘロルトに横柄な態度をとり、ガス欠の車を引かされるのに耐えられなくなれば平気で銃を向け、収容所では暴虐の限りをつくす。

 収容所の負担になる囚人たちをなんとか排除したいユンカーとシュッテは、視察にやって来たヘルロトが役に立つと踏む。彼らは目配せを交わしながら、ヘロルトを誘導し、即決裁判の実施へと漕ぎ着ける。収容所長が法を盾に異を唱えれば、シュッテが率先して手を回し、ゲシュタポから全権委任を取りつける。彼らもヘロルトを利用して目的を果たそうとする。

 本作の導入部で、軍服を身にまとったヘロルトには、それでなにができるのか明確な考えがあったわけではない。ヘロルトと彼を利用しようとする者たちの共犯関係が、彼のなかから冷酷さや独裁者としての資質を引き出し、怪物に変えていくのだ。将校に成りすました若者とゴロツキ兵士の寄せ集めに過ぎなかったヘロルト親衛隊は、収容所における虐殺を経て、狂気に駆り立てられるヘロルト即決裁判所となり、さらに暴走していく。そしてエンドロールでは、『帰ってきたヒトラー』のように、彼らが現代のドイツに出現する。

 シュヴェンケ監督は、ヘロルトを悪魔に仕立てるのではなく、共犯関係の積み重ねから生まれる独裁者の姿を炙り出すことによって、現代に警鐘を鳴らしている。

《参照/引用文献》
『ヒトラーを支持したドイツ国民』ロバート・ジェラテリー●
根岸隆夫訳(みすず書房、2008年)
『ドイツ 過去の克服』ペーター・ライヒェル●
小川保博・芝野由和訳(八朔社、2006年)

(upload:2021/10/03)
 
 
《関連リンク》
デヴィッド・ヴェンド 『帰ってきたヒトラー』 レビュー ■
ジュリオ・リッチャレッチ 『顔のないヒトラーたち』 レビュー ■
マルコ・クロイツパイントナー 『コリーニ事件』 レビュー ■

 
 
 
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