籠の中の乙女
Kynodontas / Dogtooth


2009年/ギリシャ/カラー/96分/スコープサイズ/ステレオ
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(初出:)

 

 

郊外の閉ざされたマイホームで
世界の創造者になろうとする父親

 

[ストーリー] ギリシャ郊外にある高い塀に囲まれた裕福な家庭。だが、一見普通に見えるこの家には秘密があった。外の世界の汚らわしい影響から守るために、両親が子供たちを家の中から出さずに育ててきたのだ。邸宅の四方に高い生垣をめぐらせ、子供たちに「外の世界は恐ろしいところ」と信じこませるために作られた“厳格で奇妙なルール”の数々。

 彼らの生活はまったく普通のものではなかったが、子供たちは純粋培養の中すくすくと成長し、幸せで平穏な日々は続いていくかのように思われた。しかし、ある日父親が年頃の長男のために、外の世界からクリスティーナを連れてくる。彼女の登場が、家族の中に思わぬさざ波を起こしていくのだった――。[プレスより引用]

 フランソワ・オゾン『ホームドラマ』(98)やウルリヒ・ザイドルの『ドッグ・デイズ』(01)、そしてここで取り上げるギリシャの新鋭ヨルゴス・ランティモスの長編第2作『籠の中の乙女』。ヨーロッパの映像作家が描く郊外の家族は、アメリカのそれとは一線を画しているように思えます。

 戦後の大量消費時代から始まったアメリカの郊外化では、人々が広告やホームドラマを通して生み出された“幸福なアメリカン・ファミリー”のイメージに縛られているところがあります。映画に登場する家族も、そんなイメージの影響を受けています。

 ヨーロッパの映画では、そんなイメージが希薄で、その代わりに別の要素が際立っています。ひとつは、伝統的な家父長制や男性優位主義です。そしてもうひとつは、生々しい暴力性です。

 この『籠の中の乙女』では、家父長制が独自の視点で描かれています。映画は、学校に通っていない子供たちが、カセットテープを使って言葉を学ぶところから始まります。子供たちは、海=革張りのアームチェア、高速道路=とても強い風、遠足=固い建築資材というように、様々な単語をまったく違った意味で、教え込まれます。映画の中盤では、フランク・シナトラの曲の歌詞が、父親によってまったく違う意味に翻訳されます。

 父親が常に家に居て、監視しているのであれば、そんな洗脳も可能かもしれません。しかし父親は会社に通勤しています。あるいは、一家だけに通用する辞書のようなものがあれば、なんとかなるかもしれませんが――。ある日、息子が母親に、クリスティーナから聞いた「ゾンビ」という言葉の意味を尋ねます。父親は仕事で不在のため、母親はその意味を黄色い小さな花と説明しますが、これはおそらくでまかせでしょう。そういうズレが積み重なれば、世界はほころびていくことになります。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ヨルゴス・ランティモス
Yorgos Lanthimos
脚本 エフティミス・フィリプ
Efthymis Filippou
撮影 ティミオス・バカタキス
Thimios Bakatakis
編集 ヨルゴス・マブロプサリディス
Yorgos Mavropsaridis
 
◆キャスト◆
 
  クリストス・ステルギオルグ
Christos Stergioglou
ミシェル・ヴァレイ
Michele Valley
アンゲリキ・パプーリァ
Angeliki Papoulia
マリア・ツォニ
Mary Tsoni
息子 クリストス・パサリス
Hristos Passalis
クリスティーナ アンナ・カレジドゥ
Anna Kalaitzidou
-
(配給:彩プロ)
 

 父親は、自分が作り上げたこの世の摂理によって自分の首を絞めていきます。彼は子供たちに、犬歯が抜けたときが外部に出ていくときだと説明しますが、それは犬歯が抜けないと思っているからです。また、外には車でなければ出られないと説明しているので、運転ができない子供たちが出ていくことはないと思っています。

 しかし、すべてを素直に受け入れる子供たちの世界では、この揺るぎないように見える摂理が、逆に出ていく必然にもなり得ます。この映画の結末には、そんな皮肉が込められています。


(upload:2015/12/29)
 
 
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