ロブスター
The Lobster


2015年/アイルランド=イギリス=ギリシャ=フランス・他/英語・フランス語/カラー/118分/ヴィスタ
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(初出:「CDジャーナル」2016年3月号)

 

 

ギリシャの異才ランティモス監督、初の英語作品
規律と欲望の狭間で出口を探し求める男女の行方

 

[ストーリー] 妻に捨てられたばかりのデヴィッドは、前時代的な避暑地のようなホテルへ連行される。その時代、独り身でいることが禁じられていた。彼には淡々とルールが告げられる。ホテルに滞在できるのは45日。その期限内にパートナーを見つけなければ“希望する”動物に変身させられる。もしくは、逃亡して森に暮らす“独身者”たちを麻酔銃で撃ち、一人についき期限が一日延びる。

 デヴィッドは森へ逃亡し、今度は独身者たちに捕まり、行動を共にすることに。だが“独身者たちのリーダー”が支配する森にも同じくらいのルールがあった。恋愛禁止、スキンシップ禁止、ダンスも一人で踊ること。そうして今度はホテルの者たちに狙われる日々を過ごすことになるが、そこで初めて彼は“近視の女”に光を見出す。[『ロブスター』プレス参照]

 『籠の中の乙女』(09)、『アルプス(原題)』(11)で注目されてきたギリシャの異才ヨルゴス・ランティモス監督の新作、初の英語作品です。

 ランティモスは現在イギリス在住で、撮影は全編アイルランドで行われていますが、共同脚本のエフティミス・フィリップ、撮影監督のディミオス・バカタキス、編集のヨルゴス・マブロプサリディスなど、ギリシャ時代のスタッフが顔を揃え、揺るぎないランティモス・ワールドを作り上げています。ランティモス作品の常連女優アンゲリキ・パプーリァも健在です。

 筆者は『アルプス(原題)』のレビューに、「組織の規律と個人の欲望の狭間で、現実と擬似家族の境界が揺らいでいく」というタイトルをつけましたが、そうしたテーマを、さらに緻密な構成で深く掘り下げた作品といえます。

[以下、本作のレビューになります]

 ギリシャの異才ヨルゴス・ランティモスの作品を観ると、最初はその設定に面食らう。『籠の中の乙女』(09)に登場する一家は、外の世界で子供たちが悪影響を受けないように、両親が彼らを家から出さずに育てている。『アルプス(原題)』(11)に登場するグループは、家族を亡くした遺族の哀しみを癒すために、メンバーが故人に成りきるサービスを提供している。

 そして、豪華キャストが顔を揃えた初の英語作品『ロブスター』の世界では、独り身でいることが禁じられ、ホテルのような施設での婚活を強要され、45日以内に伴侶を見つけなければ動物に変えられてしまう。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ヨルゴス・ランティモス
Yorgos Lanthimos
脚本 エフティミス・フィリップ
Efthymis Filippou
撮影監督 ティミオス・バカタキス
Thimios Bakatakis
編集 ヨルゴス・マブロプサリディス
Yorgos Mavropsaridis
 
◆キャスト◆
 
デヴィッド   コリン・ファレル
Colin Farrell
近視の女 レイチェル・ワイズ
Rachel Weisz
鼻血の出やすい女 ジェシカ・バーデン
Jessica Barden
ホテルの支配人 オリヴィア・コールマン
Olivia Colman
ビスケット好きの女 アシュレー・ジェンセン
Ashley Jensen
メイド アリアーヌ・ラベド
Ariane Labed
心のない女 アンゲリキ・パプーリァ
Angeliki Papoulia
滑舌の悪い男 ジョン・C・ライリー
John C. Reilly
独身者たちのリーダー レア・セドゥ
Lea Seydoux
独身者のスイマー マイケル・スマイリー
Michael Smiley
足の悪い男 ベン・ウィショー
Ben Whishaw
-
(配給:ファインフィルムズ)
 

 ランティモスの世界では、登場人物たちは常に厳格かつ奇妙なルールに縛られているが、その背景は説明されないし、台詞も棒読みに近く、リアリティにもこだわらない。だから無理に理解しようとしてもその世界には入れないが、そういうものなのだと割り切ると次第に印象が変わってくる。

 たとえば『アルプス』では、自分の家庭で孤独を感じるヒロインが、故人を演じることで心の隙間を埋めるようになる。そしてグループのルールを破り、虚構の関係を自分の生活にまで引き込み、その境界が崩壊していく。『ロブスター』では、主人公デヴィッドとともに伴侶を探す“足の悪い男”が、“鼻血の出やすい女”の心を射止めるために、鼻血の出やすい男を演じ続けるようになる。

 私たちは集団に帰属するために多かれ少なかれ自分を演じ、場合によってはそんな表層と内なる欲望のバランスをとることが困難になることもある。ランティモスは、集団の規律と個人の欲望の狭間で、現実と擬似家族や表層の境界がどのように揺らぎ、崩壊していくのかを極端なスタイルで描き出す。

 『ロブスター』の主人公デヴィッドは、自分に嘘をつけない不器用な男だ。そんな彼は、心を通わせる必要がない“心のない女”を伴侶に選ぶが、心のない男を演じ切れなくなり、施設から森に逃亡し、“独身者”のグループに迎えられる。

 ところが、こちらの集団にも独身を貫くための厳しいルールがあり、皮肉にも彼は恋に落ちてしまい、自分を隠さなければならなくなる。ふたりを結びつけたのは“近視”という共通点だったが、彼らは最後にそれに代わる共通点を持つことで、自分を演じることのない世界を切り拓こうとする。


(upload:2016/05/05)
 
 
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