フェイス
Face


1997年/イギリス/カラー/106分/ヴィスタ/ドルビーSR
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(初出:「中央公論」)

なぜ彼は堅気の人生を捨て、強盗になったのか

 この数年のイギリス映画のブームのなかでその個性が最も際立っている俳優といえば、何といってもロバート・カーライルだろう。新しいイギリス映画は、極端な上昇志向や拝金主義が蔓延するサッチャリズム以降のイギリス社会の現実を抜きにして語ることはできないが、彼はそんな時流に流されそうになりながらも埋没することを拒むキャラクターを一貫して演じつづけているからだ。

 『トレインスポッティング』ではドラッグに溺れる仲間たちのなかで、決してドラッグには手を出さない凶暴なアル中男の姿にかつての労働者階級の面影を滲ませ、『カルラの歌』では弱者に冷たい社会に対してささやかな抵抗を試みるバス運転手となり、『フル・モンティ』では失業のどん底状態を抜けだすためにストリッパーとなり、労働者のコミュニティに活気をもたらす。

 イギリスの女性監督アントニア・バードの新作『フェイス』では、彼女の演出とあいまってそんなカーライルの個性がドラマをいっそう奥深いものにしている。

 この映画で彼が演じるのは、“フェイス”と呼ばれる五人組の武装強盗集団を仕切る男レイ。彼らは造幣局を襲撃するが、収穫が予想外に少なかったばかりか、それぞれに隠したはずの分け前が一夜のうちに何者かに奪い去られてしまう。その真相を突き止めようとする彼らは警察に追われるはめになり、そんな窮地のなかで仲間の裏切りが明らかになっていく。

 これは、金への執着によって崩壊へと追いやられていく男たちのドラマといえるが、アントニア・バードが切り拓く世界は、ストーリーを追うだけでは見えてこない。彼女は、登場人物の精神や内面を掘り下げ、もうひとつのドラマを描き出していく。


◆スタッフ◆
 
監督   アントニア・バード
Antonia Bird
脚本 ローナン・ベネット
Ronan Bennett
撮影監督 フレッド・タムス
Fred Tammes
編集 セント・ジョン・オローク
St.John O’Rorke
音楽 アンディ・ロバーツ、ポール・コンボイ、エイドリアン・コーカー
Andy Roberts, Paul Conboy, Adrian Corker
 
◆キャスト◆
 
レイ   ロバート・カーライル
Robert Carlyle
デイブ レイ・ウィンストン
Ray Winstone
スティーヴィー スティーヴン・ウォディントン
Steven Waddington
ジュリアン フィリップ・デイヴィス
Philip Davis
ジェイソン デーモン・アルバーン
Damon Albarn
コニー レナ・ヘディ
Lena Headey
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(配給:東北新社)
 

 それは彼女の出世作である『司祭』がよく物語っている。これは同性愛を罪とするカトリック教会の聖職者がゲイであることに苦悩する姿を描いて物議を醸した作品だが、この映画はカトリックとゲイの関係をどうとらえるのかによってドラマの意味が大きく変わる。

 ゲイ・カルチャーに関する様々な著作を読むと、ゲイの関係が精神的な体験であるのみならず、カトリックとの深い結びつきを示す記述に出会うことが少なくない。たとえば、ゲイの現状をゲイの立場からリポートしたフランク・ブラウニングの『THE CULTURE OF DESIRE 』には、カトリックの聖体拝領とゲイのある種の性愛行為が不可分に結びついていることが真剣かつ具体的に語られている。

 『司祭』では、主人公と彼がバーで出会った男がセックスを終えたとき、男は彼がカトリックであることを見抜き、自分もカトリックであることを告白する。そしてこの映画では何よりも聖体拝領の行為が象徴的に描かれる。つまり、聖職者がたまたまゲイだったのではなく、セクシュアリティにも彼を聖職に導く要因があり、そうなると真実の聖体拝領が浮き彫りになるラストの意味と感動の深さはまったく違ったものになるのだ。

 この『フェイス』にも、同じように精神的なドラマがある。カーライル扮するレイは、かつては理想に燃えて共産主義運動に参加していた。そして、いまの自分についてこのように語る。「俺は今35歳だ。24までは堅気だった。もし、まともに働いていれば倍の金は稼げただろう」

 堅気の人生に背を向けて生きる彼の姿勢には、拝金主義に埋没するくらいなら奪うことでそれを拒もうとする意思を垣間見ることができる。その姿勢は、同じはみ出し者でも、『トレインスポッティング』で仲間を裏切り、自分の人生を選び取ろうとするレントンとは対照的なといえる。

 ところがそんなレイは、彼が知らないところでその拝金主義に埋没し、身動きがとれなくなっていた仲間から裏切られることになるのだ。


(upload:2011/12/12)
 
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