スティーヴン・ザイリアン監督の『オール・ザ・キングスメン』とケヴィン・マクドナルド監督の『ラスト・キング・オブ・スコットランド』には、際立った共通点がある。もっと正確にいえば、この2作品の原作であるロバート・ペン・ウォーレンの『すべて王の臣』とジャイルズ・フォーデンの『スコットランドの黒い王様』には、際立った共通点がある。
1937年から38年にかけてルイジアナ州立大学で教えていたウォーレンは、ルイジアナ州知事として独裁的な力を手にし、35年に暗殺されたヒューイ・P・ロングに関する詩劇を書くことを思い立ち、その詩劇がやがて小説に発展する。だが、小説『すべて王の臣』の主人公は、ロングをモデルにしたウィリー・スタークだけではない。ウォーレンは、後にウィリーの右腕となる新聞記者ジャック・バーデンを創造し、彼を語り手とするだけではなく、もうひとりの主人公にした。だからこれは、ジャックの物語でもある。
一方、父親の仕事のために5歳でイギリスからアフリカに渡り、ウガンダを含む5ヶ国で生活した経験を持つフォーデンは、その経験を生かし、リサーチを重ね、ウガンダの独裁者イディ・アミンを題材にした小説『スコットランドの黒い王様』を発表した。だが、この小説の主人公も、アミンだけではない。フォーデンは、後にアミンの主治医となるイギリス人の青年医師ニコラス・ギャリガンを創造し、彼を語り手とするだけではなく、もうひとりの主人公にしたのだ。
つまり、どちらの小説も、実在の人物と架空の人物、歴史的な事実と虚構が絡み合い、作家の独自の視点や想像力が、人物の内面や状況を掘り下げ、ノンフィクションとは異なる魅力を持った物語を紡ぎ出しているのだ。そして、そんな魅力は、映画のひとつの見所ともなる。
ウォーレンの原作は、すでに一度、ロバート・ロッセンによって49年に映画化されているが、この新作には、49年版の社会派的なスタンスとは異なるアプローチがある。ウォーレンは、『すべて王の臣』のはしがきで、「後に小説となったその詩劇を書く気持ちをわたしに起こさせたのは、ロングの政治的生涯とルイジアナ州の雰囲気であった」と書いている。49年版には、ルイジアナの雰囲気は感じられなかったが、この映画は、主人公たちの重要な背景となる土地にこだわり、映像と音楽でそれを表現している。
ウィリーとジャックの生い立ちは対照的だ。貧しい農家に生まれたウィリーは、汚職を告発しようとして役所の仕事を失い、こつこつ法律を学びながら貧しい人々の信頼を勝ち取り、知事選で地滑り的大勝利を収める。上流階級出身のジャックは、階級のしがらみから逃れるために新聞記者となり、やがてウィリーに惹きつけられていく。そのウィリーは、公約を実現するためには手段を選ばず、悪から善を生み出そうとする。
ウィリーとジャックが安酒場ではじめて出会う場面や役所を辞めたウィリーが掃除用具を売り歩く場面には、ハウリン・ウルフやライトニン・ホプキンスが流れ、ウィリーが実家に戻る場面には、ハンク・ウィリアムスが流れ、ジャックが実家で母親の友人たちと会食する場面には、モーツァルトのオペラが流れる。
さらに、ドラマの構成も、ウィリーとジャックの世界を強調し、象徴的な意味を生み出していく。この映画では、ドラマの中盤にあるエピソードが、冒頭にも描かれている。それは、ふたりが、ウィリーの弾劾に乗り出した判事の説得に向かう場面だ。冒頭ではその意味がはっきりとは見えないが、やがてこの場面が、ジャックにとって大きな分岐点になっていたことが明らかになる。これまで過去から逃れようとしてきた彼は、そこを分岐点に過去へと踏み込み、彼にとって親代わりでもあった判事とウィリーというふたりの父親的な存在の狭間に立たされる。そして、父殺しの悲劇が起こるのだ。
一方、『ラストキング・オブ・スコットランド』では、人を助けるというよりも、冒険を求めてウガンダにやって来た青年医師ニコラスが、クーデターによって大統領の座についたイディ・アミンに惹きつけられていく。事故にあったアミンを手当てしたことがきっかけで、主治医となったニコラスは、アミンに信頼され、彼の代理で会議に出席するなど、主治医の立場から逸脱していく。そして、気づいたときには、冷酷な粛清に加担し、アミンの第2夫人と関係を持ち、パスポートを奪われ、泥沼にはまり込んでいる。 |