1765年、フランス中南部の辺境の地を舞台に、殺戮を繰り返す謎の野獣の正体に迫るクリストフ・ガンズ監督の『ジェヴォーダンの獣』、1830年のパリを舞台に、連続殺人鬼"鏡の顔を持つ男"に命を奪われた探偵ヴィドックの死の真相を追うピトフ監督の『ヴィドック』、そして1888年のロンドンを舞台に、切り裂きジャック事件が再現されるヒューズ・ブラザーズ監督の『フロム・ヘル』。
この3本の映画には、ある種共通する想像力が働いている。題材になっているのは、実話や実在の人物だが、映画には一般的な歴史ものの枠にはおさまらないイメージの飛躍がある。
パリやロンドンに貧しい人々が流れ込み、治安が悪化し、王や警察と民衆の力のバランスが揺らぎだすとき、そこに謎めいた出来事が起こる。たとえば、A・ファルジュとJ・ルヴェルが書いた『パリ1750――子供集団誘拐事件の謎』では、1750年のパリで、統治者や警察が子供を誘拐しているとして群集が起こした反乱の真相が細かく検証されている。
この事件の原因はひとつではない。浮浪者などを排除しようとする強制移住政策、子供の悪戯を持て余す親たちが警察に持ち込む苦情に対する誤解、実体のない反社会集団の暗躍、金銭や権力に対する警察の欲望や野心、王が癩病を患い、子供たちからとった血の風呂に入っているという噂など、様々な要素が複雑に絡み合い、その結果として、1789年のフランス革命に先立って、民心の離反を象徴する出来事へと発展するのだ。
この3本の映画の背景にあるのは、国王や警察と民衆の力関係が揺らぐような状況であり、それぞれの映画は、特殊効果を駆使したり、グラフィック・ノヴェルを媒介とすることで、そんな状況が生みだす怪物を描きだそうとするのだ。
1765年を背景にする『ジェヴォーダンの獣』は、フランスの辺境の地を舞台にしているが、ドラマはパリと深い繋がりを持っている。物語のもとになっているのは、ジェヴォーダン地方で1764年から67年にかけて、100人以上もの女や子供が謎の野獣の犠牲になったという史実だ。この事件の噂は国中に広まったという。『パリ1750』には、地方で麦に異変があっただけでも首都が不穏な状況に陥ったという記述があり、そんな野獣の噂はパリを揺るがしたに違いない。
このドラマの背景には、国王の威信を守りたいルイ15世の思惑や旧教と新教の対立、異様な儀式を通して結束する狂信者集団の策謀がある。そんな暗闘が、特殊効果で作り上げられた野獣や香港仕込みのアクションと結びつけられている。そして何よりも映画の冒頭と結末が、パリとの繋がりを明確に物語る。この映画は、パリでいままさにフランス革命が始まろうとするところから始まり、25年前の出来事が甦り、最後に再び革命で幕を下ろすのである。
『ヴィドック』に登場するヴィドック(1775-1857)は、波乱に満ちた生涯を歩み、伝説のヒーローとなった実在の人物だ。脱獄を繰り返す犯罪者だった彼は、警察の密偵として活躍し、警察の捜査を指揮するまでになり、やがて世界初の私立探偵事務所を開いた。
その冒険や回想録は、後に生まれる探偵小説にインスピレーションをもたらした。彼が生きたのは、フランス革命、恐怖政治、ナポレオンの帝政、反動政治、7月革命、2月革命など、フランスが揺れに揺れた時代であり、時代が彼の冒険の魅力的な舞台となると同時に、その存在を神話化してもいる。
映画はいきなりそのヴィドックと怪人の死闘から始まり、ヒーローは敗れ去る。1830年7月24日、ヴィドックが格闘の末に命を落としたことを報じる記事が新聞の一面を埋める。これは7月革命でパリ市民が蜂起する直前の緊迫した時期にあたる。その二週間前、軍事兵器の製造者と火薬の専門家が稲妻で焼き殺され、事件を捜査するヴィドックは"鏡の顔を持つ男"の手がかりをつかむ。男は、処女の娘たちを集め、その血や魂を吸いとることで生き長らえていた。
この映画では、国王と民衆の対立が激化する時代、武器をめぐる事件、噂として広がりそうなエピソードと、デジタルで再現された19世紀のパリ、光と影の独特のコントラストや強烈なデザインが際立つ怪人の異様な世界が巧みに結びつけられていく。但し、随所に散りばめられたそうした時代の闇に繋がる要素は、最終的にひとつにまとまらず、残念ながら結末は盛り上がりに欠ける。
アラン・ムーアのグラフィック・ノヴェルを映画化した『フロム・ヘル』は、中心的な舞台であるホワイトチャペルを忠実に再現し、史実のディテールにこだわる一方で、捜査にあたるアバーライン警部がある種の予知能力を発揮したり、"エレファントマン"が登場するなど、独自の美学で切り裂きジャック事件を再現している。
しかし、作り手が最も関心をそそられているのは、厳密にいえば切り裂きジャック事件そのものというより、事件の真相をめぐるひとつの仮説だ。
この事件はその犯人をめぐって実に様々な仮説が発表されてきたが、この物語は、スティーブン・ナイトの『切り裂きジャック最終結論』で詳細に語られる王室陰謀説をもとにしている。この説は、それが真実であるかどうかというよりも、ストーリーとしてあまりにも面白いために、ベストセラーになってしまったところがある。但し、映画では、その面白さの根本にあるものが必ずしも明確にはされていない。
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