家族の見せかけの幸福に揺さぶりをかけ、実態を炙りだす
――『エデンより彼方に』『めぐりあう時間たち』『アバウト・シュミット』『BORDER LINE』『蛇イチゴ』をめぐって


エデンより彼方に/Far From Eden―――――――――――― 2002年/アメリカ/カラー/107分/ヴィスタ/ドルビーSRD
めぐりあう時間たち/The Hours――――――――――――― 2002年/アメリカ/カラー/115分/ヴィスタ/ドルビーDTS
アバウト・シュミット/About Schmidt―――――――――――― 2002年/アメリカ/カラー/125分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
BORDER LINE /Border Line―――――――――――――― 2002年/日本/カラー/118分
蛇イチゴ/Wild Berries――――――――――――――――― 2003年/日本/カラー/108分
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(初出:「CDジャーナル」2003年6月号、夢見る日々に目覚めの映画を22、若干の加筆)


 

 ジュリアン・ムーアは、トッド・ヘインズ監督の『エデンより彼方に』とスティーヴン・ダルドリー監督の『めぐりあう時間たち』という二本の新作で、共通点を持ったキャラクターを演じている。

 『エデンより彼方に』の舞台は、ニューイングランドにある美しい郊外の町で、時代は1957年。ヒロインの主婦キャシーは、一流企業の重役である夫とふたりの子供たちと何不自由ない生活を送り、新聞社が取材に来るほどの理想的な主婦として輝きを放っている。

 『めぐりあう時間たち』では、1923年、1951年、2000年という三つの時代を背景に、三人のヒロインの物語が綴られる。ムーアが演じる妊娠中の主婦ローラは、51年のロサンジェルスの真新しい郊外住宅地に暮らし、夫の誕生日を祝うために息子とケーキを作ろうとしている。

 しかし、キャシーとローラの幸福は、それぞれのドラマの流れのなかで揺らぎ、あるいは崩れ去っていく。キャシーが夫の秘密を知り、彼女自身も黒人の庭師に惹かれていくとき、保守的なコミュニティの態度は一変し、彼女は孤立を余儀なくされる。ローラは、息子を知人に預け、自殺をはかろうとする。

 50年代は郊外化の黄金時代だが、彼女たちの苦悩も、もちろんその郊外化による家族のあり方の劇的な変化と無縁ではない。家族は郊外化によって、前の世代の伝統や歴史から自由になった。それに代わって、家族の新たな支えとなったのは、大量消費社会が商品を売るために生みだした幸福な家族の画一的なイメージだ。

 しかしそれは、外部から植え付けられたものであって、家族のなかから生まれたものではない。キャシーは、そんな幸福とは相容れない価値観を受け入れようとしたために孤立し、ローラは表層的な幸福に絶望し、自殺をはかろうとするのだ。

 『エデンより彼方に』は50年代の設定だが、ジェンダーや人種に対する視点など、ヘインズが念頭に置いているのは80年代であり、現代でさえ幸福な家族の呪縛はつづいている。

 アレクサンダー・ペイン監督の『アバウト・シュミット』の主人公シュミットは、そんな呪縛のなかで生きてきたといえる。66歳の彼は、それなりに満足できる人生を歩んできたと信じていたが、退職してやることがなくなり、突然妻に先立たれ、娘がろくでもない男と結婚しようとしているのを目の当たりにして、これまでの人生の意味が失われるような焦りを覚える。そんな彼は、自分を探し求めてアメリカを彷徨いだす。

 この映画では、主人公とまったくの他人の関係が印象に残る。彼は旅先で出会った夫婦の妻が、彼のことを深く理解していることに心を揺り動かされ、思わずすがりついてしまう。また、アフリカの恵まれない少年に募金するだけでなく、手紙を書くことで次第に変わっていく。相手が子供で、しかも遠い存在であることが、逆にすんなりと自分の気持ちを吐露するきっかけになっていくのだ。

 そして、こうした他人との関係をさらに掘り下げ、興味深いドラマを作り上げているのが、李相日監督の『ボーダーライン』だ。この一風変わったロード・ムーヴィーは、性別も職業も年齢も違う五人の人物を中心に物語が展開していく。


―エデンより彼方に―

※スタッフ、キャストは
『エデンより彼方に』レビュー
を参照のこと

 
―めぐりあう時間たち―

※スタッフ、キャストは
『めぐりあう時間たち』レビュー
を参照のこと

 
―アバウト・シュミット―

※スタッフ、キャストは
『アバウト・シュミット』レビュー
を参照のこと

 
 
―BORDER LINE―

◆スタッフ◆
 
監督/脚本   李相日
撮影 早坂伸
編集 青山昌文
音楽 AYUO

◆キャスト◆

松田周史   沢木哲
上原はるか 前田綾花
黒崎大吾 村上淳
宮路大輔 光石研
相川美佐 麻生祐未
いじめっ子の母 深浦加奈子
北島志郎 森下能幸
周史の担任 田中要次
(配給:ぴあ)
 
 
―蛇イチゴ――

◆スタッフ◆
 
監督/脚本   西川美和
プロデューサー 是枝裕和
撮影 山本英夫
編集 宮島竜治
音楽 中村俊

◆キャスト◆

明智周治   宮迫博之
明智倫子 つみきみほ
明智芳郎 平泉成
明智章子 大谷直子
鎌田賢作 手塚とおる
喜美子 絵沢萌子
前田 寺島進
(配給:ザナドゥー)

 

 その五人とは、学校で反抗的な態度をとり、父親を殺してしまう高三の周史、43歳で集金係に甘んじているヤクザの宮路、叔父の世話になっているアル中のタクシー運転手の黒崎、援助交際で退学になる女子高生のはるか、憧れのマイホームを手に入れたものの、息子のイジメや夫のリストラで追い詰められていく主婦の美佐だ。

 この映画には、巧みな人物の省略がある。周史の父親は、教師の話題に上ったり、ニュースで事件が伝えられるだけで、映画には登場しない。黒崎の叔父も美佐の夫も、携帯やインターホンでやりとりするだけで、姿を見せることはない。この省略は面白い効果を生む。

 周史は、黒崎、宮路、はるかと個々に接点は持っても、彼らが一同に会することはない。にもかかわらず、ドラマが展開していくに従って、まるでひとつの家族を、父親や息子や娘という異なる立場から見ているような錯覚が生まれる。そして、表層的な幸福を壊したり、自分に閉じこもって逃げだしてきた彼らは、他人という距離のなかで心を開き、他人を通して家族を見つめなおし、表層ではない家族の感触をつかみとっていくのだ。

 これに対して、西川美和監督の『蛇イチゴ』では、主人公一家の実態と表層が鮮やかな転倒を見せる。映画の導入部からは、平凡ではあるがささやかな幸福を分かち合っている家族の姿が浮かび上がってくる。父親は、仕事一筋の典型的なサラリーマン、母親は、嫌な顔ひとつせずに痴呆症の祖父の面倒を見るよくできた主婦、そしてヒロインである娘の倫子は、同僚の教師との結婚を控えて幸せをかみしめている。

 ところが、父親に勘当され、行方不明になっていた倫子の兄がひょっこり戻ってくると同時に、家族の実態に見えていたものは表層と化していく。

 この映画では、兄と妹の対照的な性格や生き方が、ドラマのポイントになっている。香典泥棒で稼ぐ兄は、嘘で塗り固めた人生を送ってきたのに対して、妹は常に正論を押しだしてきた。両親も正論で生きてきたはずだったが、実は無理をしても正論を守ろうとすることから嘘が積み重なっていた。そんな両親の立場や気持ちは、嘘が露呈し、家族の基盤が崩壊していくに従って、妹から兄へとシフトし、その揺れのなかに家族というものの本質が見えてくることになるのだ。


(upload:2013/10/18)
 
 
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