ジュリアン・ムーアは、トッド・ヘインズ監督の『エデンより彼方に』とスティーヴン・ダルドリー監督の『めぐりあう時間たち』という二本の新作で、共通点を持ったキャラクターを演じている。
『エデンより彼方に』の舞台は、ニューイングランドにある美しい郊外の町で、時代は1957年。ヒロインの主婦キャシーは、一流企業の重役である夫とふたりの子供たちと何不自由ない生活を送り、新聞社が取材に来るほどの理想的な主婦として輝きを放っている。
『めぐりあう時間たち』では、1923年、1951年、2000年という三つの時代を背景に、三人のヒロインの物語が綴られる。ムーアが演じる妊娠中の主婦ローラは、51年のロサンジェルスの真新しい郊外住宅地に暮らし、夫の誕生日を祝うために息子とケーキを作ろうとしている。
しかし、キャシーとローラの幸福は、それぞれのドラマの流れのなかで揺らぎ、あるいは崩れ去っていく。キャシーが夫の秘密を知り、彼女自身も黒人の庭師に惹かれていくとき、保守的なコミュニティの態度は一変し、彼女は孤立を余儀なくされる。ローラは、息子を知人に預け、自殺をはかろうとする。
50年代は郊外化の黄金時代だが、彼女たちの苦悩も、もちろんその郊外化による家族のあり方の劇的な変化と無縁ではない。家族は郊外化によって、前の世代の伝統や歴史から自由になった。それに代わって、家族の新たな支えとなったのは、大量消費社会が商品を売るために生みだした幸福な家族の画一的なイメージだ。
しかしそれは、外部から植え付けられたものであって、家族のなかから生まれたものではない。キャシーは、そんな幸福とは相容れない価値観を受け入れようとしたために孤立し、ローラは表層的な幸福に絶望し、自殺をはかろうとするのだ。
『エデンより彼方に』は50年代の設定だが、ジェンダーや人種に対する視点など、ヘインズが念頭に置いているのは80年代であり、現代でさえ幸福な家族の呪縛はつづいている。
アレクサンダー・ペイン監督の『アバウト・シュミット』の主人公シュミットは、そんな呪縛のなかで生きてきたといえる。66歳の彼は、それなりに満足できる人生を歩んできたと信じていたが、退職してやることがなくなり、突然妻に先立たれ、娘がろくでもない男と結婚しようとしているのを目の当たりにして、これまでの人生の意味が失われるような焦りを覚える。そんな彼は、自分を探し求めてアメリカを彷徨いだす。
この映画では、主人公とまったくの他人の関係が印象に残る。彼は旅先で出会った夫婦の妻が、彼のことを深く理解していることに心を揺り動かされ、思わずすがりついてしまう。また、アフリカの恵まれない少年に募金するだけでなく、手紙を書くことで次第に変わっていく。相手が子供で、しかも遠い存在であることが、逆にすんなりと自分の気持ちを吐露するきっかけになっていくのだ。
そして、こうした他人との関係をさらに掘り下げ、興味深いドラマを作り上げているのが、李相日監督の『ボーダーライン』だ。この一風変わったロード・ムーヴィーは、性別も職業も年齢も違う五人の人物を中心に物語が展開していく。
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