ジュリアン・ムーア
Julianne Moore


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(初出:「English Journal」2003年9月号)

 

 

アメリカの現実と幻想の狭間に立つ
“サバービアのヒロイン”

 

 1961年生まれのジュリアン・ムーアは、90年に女優としては遅い映画デビューを飾った。彼女はそれまで、オフ・ブロードウェイを中心とした舞台で豊富な経験を積み、またテレビの昼メロでも活躍していた。映画界に入った彼女は、作品ごとに異なるタイプのキャラクターに挑戦し、演技派としての地位を確立していく。

 特に90年代末には、『クッキー・フォーチュン』『理想の結婚』『ことの終わり』『マップ・オブ・ザ・ワールド』『マグノリア』(すべて99年製作)に立て続けに出演し、したたかな悪女から笑いを誘うユーモラスな人物までを鮮やかに演じわけ、われわれを驚かせた。

 しかし、映画女優ムーアの魅力は、演技力や美しさだけではない。彼女は、ハリウッドの異端児ロバート・アルトマン、インディーズから台頭した新鋭トッド・ヘインズやポール・トーマス・アンダーソンなど、独自の感性で既成の価値観に揺さぶりをかける監督たちと積極的に組むことで、象徴的ともいえる異色の存在感を放つようになった。

 そうした作品のなかでも特に興味深いのが、ヘインズの『SAFE』、アンダーソンの『ブギーナイツ』『マグノリア』だ。ムーアはこの三本の作品でそれぞれ、裕福な暮らしのなかで化学物質過敏症に襲われ、追い詰められていく主婦、自分の仕事のせいで子供と引き離され、ドラッグに溺れていくポルノ女優、財産目当てに結婚したものの、死に行く夫への愛に目覚めていく夫人を演じている。彼女たちの人生にこれといった接点はないが、三本の作品の舞台がすべてロサンジェルス郊外のサン・フェルナンド・ヴァレーであることに注目すると、そこに深い繋がりが見えてくる。


   《データ》
1995 『SAFE』

1997 『ブギーナイツ』

1999 『クッキー・フォーチュン』
『理想の結婚』
『ことの終わり』
『マップ・オブ・ザ・ワールド』
『マグノリア』

2002 『エデンより彼方に』
『めぐりあう時間たち』

(注:これは厳密なフィルモグラフィーではなく、本論で言及した作品のリストです)
 

 かつてハリウッドのセレブの社交場だったこの地域は、ビング・クロスビーの44年のヒット曲<サン・フェルナンド・ヴァレー>で全国にその名が知られたこともあり、戦後いち早く郊外化が進み、新しアメリカの夢=サバービア(郊外住宅地)の象徴となった。しかしそれだけに、荒廃するのも早く、80年代半ばには全米で最も離婚率が高く、不満を抱えた若者たちやギャングがトラブルを引き起こす場所となっていた。また、ハリウッドに近いこの地域周辺では、ポルノ産業が発展し、全米に出回るポルノの大半が作られているともいわれた。

 『SAFE』の時代背景は貧富の差が拡大するレーガン時代で、貧しいマイノリティが暮らすスラムでは犯罪が増加し、富裕層は安全を求めてヴァレーの奥へと逃避し、豪邸に守られている。しかしその物質的な豊かさがヒロインに牙をむく。『ブギーナイツ』では、ハリウッドと夢のサバービアに対するポルノ産業と崩壊した家庭がドラマの基盤になっている。『マグノリア』では、表面的な名声や金に囚われていた登場人物たちが愛に目覚めていく。つまり、三本の映画でムーアは、アメリカの幻想と現実の狭間に立たされた人間の苦悩を見事に体現しているのである。

 そんなムーアは、本年度のアカデミー賞で、主演女優賞と助演女優賞にWノミネートされた。その対象となった二本の映画、ヘインズと再び組んだ『エデンより彼方に』とスティーヴン・ダルドリーの『めぐりあう時間たち』で、ムーアが演じるキャラクターには明らかな共通点がある。東海岸と西海岸という舞台の違いはあるが、彼女たちはともに50年代のサバービアで家族と暮らしている。そして、彼女たちの幸福は、ドラマのなかで揺らぎ、あるいは崩れ去っていく。サバービアの黄金時代である50年代は、大量消費に依存し、人間性を無視した画一的な幸福の支配が始まった時代ともいえる。ムーアは、そんな現代社会の原点に立ち返り、"サバービアのヒロイン"を極めることによって、アメリカの本質に迫ろうとするのだ。


(upload:2004/04/18)
 
 
《関連リンク》
トッド・ヘインズ 『SAFE』 レビュー ■
バート・フレインドリッチ 『家族という名の他人』 レビュー ■
ポール・トーマス・アンダーソン 『ブギーナイツ』 レビュー ■
ロバート・アルトマン 『クッキー・フォーチュン』 レビュー ■
リサ・チョロデンコ 『キッズ・オールライト』 レビュー ■

 
 
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