かつてハリウッドのセレブの社交場だったこの地域は、ビング・クロスビーの44年のヒット曲<サン・フェルナンド・ヴァレー>で全国にその名が知られたこともあり、戦後いち早く郊外化が進み、新しアメリカの夢=サバービア(郊外住宅地)の象徴となった。しかしそれだけに、荒廃するのも早く、80年代半ばには全米で最も離婚率が高く、不満を抱えた若者たちやギャングがトラブルを引き起こす場所となっていた。また、ハリウッドに近いこの地域周辺では、ポルノ産業が発展し、全米に出回るポルノの大半が作られているともいわれた。
『SAFE』の時代背景は貧富の差が拡大するレーガン時代で、貧しいマイノリティが暮らすスラムでは犯罪が増加し、富裕層は安全を求めてヴァレーの奥へと逃避し、豪邸に守られている。しかしその物質的な豊かさがヒロインに牙をむく。『ブギーナイツ』では、ハリウッドと夢のサバービアに対するポルノ産業と崩壊した家庭がドラマの基盤になっている。『マグノリア』では、表面的な名声や金に囚われていた登場人物たちが愛に目覚めていく。つまり、三本の映画でムーアは、アメリカの幻想と現実の狭間に立たされた人間の苦悩を見事に体現しているのである。
そんなムーアは、本年度のアカデミー賞で、主演女優賞と助演女優賞にWノミネートされた。その対象となった二本の映画、ヘインズと再び組んだ『エデンより彼方に』とスティーヴン・ダルドリーの『めぐりあう時間たち』で、ムーアが演じるキャラクターには明らかな共通点がある。東海岸と西海岸という舞台の違いはあるが、彼女たちはともに50年代のサバービアで家族と暮らしている。そして、彼女たちの幸福は、ドラマのなかで揺らぎ、あるいは崩れ去っていく。サバービアの黄金時代である50年代は、大量消費に依存し、人間性を無視した画一的な幸福の支配が始まった時代ともいえる。ムーアは、そんな現代社会の原点に立ち返り、"サバービアのヒロイン"を極めることによって、アメリカの本質に迫ろうとするのだ。 |