西川美和インタビュー

2003年
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(初出:「キネマ旬報」2003年9月下旬号)
家族の表層と実像の狭間から浮かび上がる様々な人間心理

 映画『蛇イチゴ』が監督及び脚本のデビュー作となる西川美和は、1974年広島県生まれ。大学在学中にテレビ番組制作会社の新人募集に応募し、面接を担当した是枝裕和監督の目に止まったことがきっかけで、映画作りに関わるようになり、以後、様々な監督の下で助監督として経験を積んできた。

「東京の大学に出てくる前から映画は好きだったんですが、中学の頃とか、日本映画が低迷していた"スター・ウォーズ"世代で、日本映画を劇場で観る習慣がなくなっていた時代だったので、当時は映画を作るスタッフになるという発想は全然なかったです。でも東京に来てから学生時代に、70年代やそれ以前の作品を観て、日本にも素晴らしい作品がたくさんあることがわかって。特に、川島雄三さんが好きで、ワンセットもののホームドラマ『しとやかな獣』にはすごく影響されたというか、こんな映画があるのかと驚かされました。またその頃には、阪本順治さんとか北野武さんがリアルタイムで刺激的な作品を作られていて、なんとか映画作りに関われればと思って、制作会社を受けたんです」

 『蛇イチゴ』の冒頭から浮かび上がってくるのは、平凡ではあるがささやかな幸せを分かち合っている家族の姿である。教師をしている娘の倫子が結婚を控えていることも、家族に活気をもたらしている。ところが、父親に勘当され、行方不明になっていた倫子の兄が出現するのと時を同じくして、そんな家族の絆があちこちから綻びだす。

「映画は自分が育った家庭そのものでは全然ないですが、両親の夫婦仲も良い方じゃなかったし、特に敏感な思春期の頃には、なんの幸せがあって一緒にいるんだろうと疑問を感じてました。そのうち、自分の家だけが特別なのではなく、あらゆる家族が似たような問題を抱えているのに気づいて、なんで人はそんなに家というものにこだわるのかといつも思ってたんですね。そのなかには、いろんな嘘や自己暗示に近い欺瞞が渦巻いているんですけど、それは逆に、非常に人間的でもある。そういう関心があって、いつか家族について書きたいと思ってました」


◆プロフィール◆

西川美和
1974年広島生まれ。早稲田大学在学中、テレビ番組制作会社「テレビマンユニオン」の新人募集に応募。その時、面接を担当していた是枝裕和監督の目に止まり、以来『M/OTHER』(99/諏訪敦彦監督)、『黒い家』(99/森田芳光監督)、『人間の屑』(00/中嶋竹彦監督)、『DISTANCE』(01/是枝裕和監督)などの作品に助監督として加わる。3年前より温めていた本作『蛇イチゴ』が監督・脚本ともにデビュー作となる。
(『蛇イチゴ』プレスより引用)



 『蛇イチゴ』でまず印象に残るのは、緻密で凝縮された構成である。倫子が婚約者を両親に紹介する頃、兄の周治は香典泥棒に精を出し、結婚と葬式が対置されていくかと思うと、家族の綻びとともに、今度はこの一家全員が葬式に引き込まれている。家族の誰かが家を出たり入ったりするうちに、彼らの嘘が次々と露呈し、短時間のうちに状況があわただしく変化していくことになるのだ。

「この構成にたどり着くまでにはずいぶん悩みました。やはり冠婚葬祭というのは、いろいろな人間が集まって、普段とは違う一面が見られるところがあって、ホームドラマには欠かせない、というよりこれを出したら間違いなく得するという要素なんですね。最初に脚本を書き出した時には、自分の映画への想いを塗り込めてしまって、とても複雑な話になっていたんですけど、映画化が具体的になる段階でとにかくシンプルにしようと考え、舞台とかワンセットもののように、家はひとつで動かさず、登場人物も最小限にしました」

 香典泥棒の兄は嘘つきだが、それはばれることがわかっていてつく嘘である。これに対して、倫子や両親はばれると思って嘘をついているわけではない。

「自覚のない嘘ですね。なかでもいちばん無自覚なのが倫子で、兄がいることを婚約者に話さないというのも嘘でありながら、罪の意識をまったく感じない。兄の嘘は悪くて、自分の生活を守る手練手管は許されるみたいなものを転覆させたいという気持ちはありました。人が生きるためにつく嘘を否定するつもりはありませんが」

 西川監督の魅力は、意地悪といえるほど踏み込める人間洞察にある。彼女は、登場人物に対して明確な距離を置き、彼らの痛いところを突きながら、巧みに笑いに変えていく。

「なんか意地が悪いんだと思います(笑)。私が好きな監督とか、鋭いなあと思って嫉妬するのは、その意地悪な視点だったりすることが多いです。意地の悪さがうまく笑いに転換できると、人は楽しんで観れるし、その度合いが強すぎて冷たくなってしまうと、すごく殺伐としてしまう。そのバランスが難しいと思うんですけど、意地悪だっていってもらえるのは、私としてはどちらかといえば嬉しいですね」


(upload:2007/02/17)
 
 
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