『キラー・オン・ザ・ロード』と『スピード・クイーンの告白』は、前者がご存知ジェイムズ・エルロイの86年の旧作で、後者が主流文学の作家として注目される若手S・オナンが昨年発表した異色の犯罪小説である。
ふたりの作家には、これといった接点があるわけではないが、
2冊の小説は、“タブロイド”をキーワードとすることによって興味深い共通点が見えてくる。
『キラー・オン・ザ・ロード』は、FBIに逮捕された殺人犯の主人公が、告発されている事件についてはすんなりと自供するものの、それ以前の殺人については完全黙秘を貫き、
刑務所のなかで自らの生い立ちから合衆国を股にかけたおびただしい数の殺人の事実を克明に書き綴っていく。そんな主人公の自伝がそのままこの小説の物語になっている。
一方『スピード・クイーンの告白』では、
刑の執行を数時間後にひかえた死刑囚のヒロインがテープレコーダーに向かって自らの人生と大量殺人の真相について語っていく。というのもそこには、作家スティーヴン・キングが彼女の話を殺人犯のロード・ノヴェルにする権利を買ったという設定があり、
彼女はキングから送られてきた114の質問に答えていく。この小説は、その質問に対する彼女の回答だけで構成されているのである。
このような説明から、設定は異色ではあるもののまたシリアル・キラーものかとうんざりする読者も少なくないだろうが、それはそのようにしか読めない読者の想像力の貧困というべきだ。この2冊は、
“変態死刑執行人”とか“スピード・クイーン”と呼ばれるシリアル・キラーの告白という設定を利用し、タブロイド的な欲望と物語が蔓延する現代の日常にそれぞれに揺さ振りをかけようとする小説であるからだ。
エルロイが、彼の母親の惨殺事件とブラック・ダリア事件を出発点としていかにしてタブロイド的な想像力に磨きをかけ、タブロイド的な世界を突き抜けることによって独自の世界を切り開いたかは『MY DARK PLACES(邦題:わが母なる暗黒)』に詳しいが、それはこの『キラー・オン・ザ・ロード』にも反映されている。
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主人公は、ホワイト・トラッシュの家庭の無惨な崩壊というトラウマとタブロイド的な欲望の狭間で、「可視性と透明性、目立つ人格と不思議な力を持つ匿名性のあいだのジレンマに陥り」、タブロイド的なアメリカを浮き彫りにすると同時に、それを激しく切り裂いていくのだ。