アメリカの輝ける神話を容赦なく打ち砕き、悪党たちが跳梁する地獄絵図を炙り出していく“アンダーワールドUSA三部作”。その第二部となる『アメリカン・デス・トリップ』が扱うのは、63年のJFK暗殺の直後から68年のキング牧師とロバート・ケネディ暗殺に至る時代だ。この作品も『アメリカン・タブロイド』と同じように、三人の主人公が章ごとに入れ替わるかたちで物語が綴られる。
公民権運動とヴェトナム戦争は激化していく。FBI長官J・エドガー・フーヴァーは、“LA四部作”のダドリー・スミスのように裏で糸を引き続け、ヴェガスを乗っ取ろうとするハワード・ヒューズはいっそう醜悪な吸血鬼と化す。CIAはヴェトナムでヘロインを密造し、マフィアは密かにカストロに媚を売り、ラテン・アメリカにカジノの建設を企み、クー・クラックス・クランは黒人に襲いかかる。暗殺、口封じ、猟奇殺人、拷問、爆破テロ、奇襲攻撃、リンチ、盗聴、盗撮、強請。陰謀が渦巻き、暴力の嵐が吹き荒れ、憎しみが憎しみを生み、血と汚物にまみれ、死体の山が築きあげられる。
小説の構成は前作をほとんどそのまま引き継いでいるが、文体はむしろ『ホワイト・ジャズ』に近い。文章は極限まで切り詰められ、ダーティな言葉が吐き散らされ、執拗なまでの反復があり、強迫観念が滲みだし、切迫している。主人公の立場を考えれば、それも頷ける。
三人の主人公のうち二人は、前作で最後まで生き延びたウォード・リテルとピート・ポンデュラントだ。生き延びたとはいえ、彼らはすでに闇の権力に完全にからめとられている。ロバート・ケネディに心酔していたウォードは、“ファントム”として彼に協力し、マフィアの裏帳簿を盗みだした。しかし、フーヴァーの妨害によって、ロバートへの憧れは憎しみに変わり、マフィア、フーヴァー、ヒューズのために動く弁護士となった。
キューバ侵攻にすべてを賭けていたピートは、ヘロインをめぐってマフィアを出し抜いたことが露見し、首根っこを押さえられた。そしてふたりは、JFK暗殺に加担した。ダラスはどこまでも彼らにつきまとい、もはや後戻りはできない。行けるところまで行くしかない。
今回新たに登場するもうひとりの主人公、ヴェガス市警の若き刑事ウェインは、本人が知らないうちにすでにダラスに呪われている。JFKが凶弾に倒れた日、彼はヴェガスに楯突いたある黒人を消すためにダラスに降り立つ。それは偶然ではない。ヴェガスに深く根を下ろし、クランを指揮し、暗殺に加担した父親が、彼をダラスに送り込んだのだ。その事実を知った時、彼は狂い始める。
エルロイの世界で、闇に潜む連中は根っからの悪党だが、主人公たちは違う。彼らはトラウマを背負い、愛と憎しみの狭間で激しく揺れ、執着し、怯え、それゆえに根っからの悪党には考えられない、危険で狂気に満ちた選択をし、一線を越える。
その選択は、たとえば『ビッグ・ノーウェア』のバズ・ミークスの行動が物語るように、時として独自の流儀による贖罪と結びつく。イエズス会系の神学校を出ているウォードは、まさにこの贖罪の念に駆られ、内なる二面性を露にする。夜毎、盗聴したロバートの声に耳を傾け、彼のために祈り、巧妙に細工したテープをフーヴァーに渡す。ヴェガスの買収に絡んで、ヒューズの金を横領し、それをキング牧師の南部キリスト教指導者会議に献金する。そんな二面性が彼を限界まで追いつめていく。
ピートはこれまでたくさんの殺しを請け負い、キューバ人コミュニストの頭の皮を剥いできたが、女にだけは手を出さなかった。しかしダラスに絡んで女の口封じを命ぜられ、殺した女の亡霊に怯える。そして、キューバ侵攻の大義のためと信じていた麻薬密造や武器の横流しがすべて偽りだと知った時、心臓発作のために弱った身体に怒りをたぎらせる。そのピートと行動をともにしてきたウェインは、内に秘めた激しい憎しみによって、根っからの悪党である父親を次第に圧倒していく。 |