死刑執行人の歌 / ノーマン・メイラー
The Executioner's Song / Norman Mailer (1979)


岡枝慎二訳 / 同文書院 / 1998年
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(初出:「STUDIO VOICE」、若干の加筆)

 

 

殺人鬼ギルモアにヒップの本質を見たメイラー

 

 ノーマン・メイラーが79年に発表した「死刑執行人の歌」は、あまりにも長大な作品であったためかこれまで翻訳されることがなかったが、この日本語版の帯にも引用されているマイケル・ギルモアの「心臓を貫かれて」が日本でも話題になったおかげで出版されることになったようだ。

 但し「心臓を貫かれて」で殺人鬼、死刑囚ゲイリー・ギルモアに関心を持った読者が、本書によってさらにその好奇心を満たせるかどうかは微妙なものがある。本書は確かにゲイリーの物語ではあるが、それ以前に、 たとえばカポーティが「冷血」でノンフィクション・ノヴェルという定義にこだわったように、本書は著者自身が"事実に基づく小説"と呼ぶメイラーの作品であるからだ。

 「死刑執行人の歌」は、ある意味で「心臓を貫かれて」とは対極のギルモア像へと向かっていくといえる。その違いは、「心臓を貫かれて」の内容からもある程度察することができる。「死刑執行人の歌」のもとになるインタビューを行ったのはローレンス・シラーだが、 この本には、シラーがゲイリーの過去に強い関心を持ったものの、彼と母親からそれを聞き出すことができなかったとある。「心臓を貫かれて」はその過去を明らかにし、この家族は決して異常なのではなく、 極端なかたちをとることになったアメリカン・ファミリーなのだという結論を導き、人間ゲイリーを受け入れようとする。




 では「死刑執行人の歌」はとえいば、一般的にこうした題材において核心部分といえる過去も明らかにならないままに、一体メイラーは何を書いているのかと思われることだろう。メイラーがギルモアのなかに見出すのは、 彼が順応主義や全体主義が蔓延する50年代に発見した、同時代を生きる唯一の極端な非順応主義者としてのヒップスターの姿なのだ。彼は「白い黒人」のなかで誰も語ったことのないこのヒップの本質を追求しているが、 これと本書を照らし合わせてみると、彼が言葉で構築したヒップの本質にギルモアの存在が生命を吹き込むような感動を覚える。

 たとえば「白い黒人」のなかには次のような表現がある。「個人的な暴力でどんな代価をはらっても、われわれをわれわれ自身にかえそうとするヒップは、野蛮人を肯定する。なぜなら、人間性についての原始的情熱がなくては、 個人的暴力行為はつねに国家による集団的暴力行為にまさるべきものだと信ずることはできないからである」。

 この後半部分は、死刑判決の速やかな執行のみならず、銃殺刑を要求したギルモアそのものだ。さらに前半部分は、本書の構成と長さの意味を物語っている。本書には、保釈から処刑に至る最後の九か月にわたって、 ギルモアと彼に関わった多くの人々の活動が克明に綴られているが、ギルモアに接触する人々は例外なく自分自身を直視することを強いられ、見えない外的な力に縛られている惨めさを露呈する。

 ギルモアの求める死ぬ権利を支持するために立ち上がった弁護士は、その現実を実感するに及んで動揺し、マリファナに救いを求め、自分が何をしようとしているのかすら定かでなくなっていく。 またローレンス・シラーはこのように考える。「問題はギルモアが殺人鬼であることではなかった。彼がおもてにいる正常な人たちに挑戦的であることですらなかった。本当に困難なことは彼が人々をばかにしている点にあった。 頭がおかしくて正気でないような殺人鬼なら世間は受け入れられる。だが殺人鬼が主導権を握るようになったら――それがギルモアに対する激しい憎悪を多く生み出していた」。 人々がギルモアを憎悪するのは、「白い黒人」に則していえば、ヒップの本質が「順応主義者の心に、無意識に、だが強烈にうったえる」ためであろう。

 そして唯一の例外はギルモアを無条件に受け入れる恋人ニコールということになる。ふたりの関係を、ギルモアの邪心が彼女を操っただけだと見るか、過去も未来もない現在に花開いた純愛と見るかは、読者の判断に委ねられている。


《参照/引用文献》
『ぼく自身のための広告』 ノーマン・メイラー●
山西英一訳(新潮社、1962年)
 
 
《関連リンク》

ブルース・スプリングスティーン――黙殺された闇の声

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