蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)インタビュー 02
Interview with Ming-liang Tsai 02


2006年 青山
楽日/不散/Goodbye, Dragon Inn――2003年/台湾/カラー/82分/ヴィスタ
西瓜/天邊一朶雲/The Wayward Cloud――2005年/台湾/カラー/112分/ヴィスタ
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(初出:「キネマ旬報」2006年9月上旬号)

映画は何を人に与えることができるのか
――『楽日』(2003)、『西瓜』(2005)

 ツァイ・ミンリャンは、常に主人公たちの肉体を通して内的な世界を掘り下げてきたが、『ふたりの時、ふたつの時間』や今回公開される『楽日』では、その視点に微妙な変化が見られる。時間という要素が強調され、それが肉体と結びついていくのだ。

「私は初期の作品から新作に至るまで一貫して、肉体のその先にあるもの、奥深くに秘められたものを探りつづけています。その表現方法は、私が人生経験を積むなかで、徐々に変化はしています。私たちは、絶えず流れつづける時間のなかで、何も得られず、失うばかりであることを往々にして発見するわけです。『河』のなかで、サウナに行ったミャオ・ティエンは、若い男とうまく関係が持てず、自分が若い肉体を失ってしまったことを思い知らされます。『ふたつの時、ふたりの時間』では、シャオカンとルー・イーチンが、あっという間に父親や夫を失ってしまう。私の作品全般に共通していることですが、青春や若い肉体、家族などを失うこととどう向き合えばよいのかわからず、それが深い喪失感に繋がっていく。それは『楽日』にも鮮明に表現されています。あの古い映画館が間もなく取り壊されて、見捨てられてしまう。それはまるで人間の人生と同じようなものです」

 『楽日』に描かれる様々なドラマは、現実というよりも、夢のなかの出来事のように見える。映画の冒頭には、観客で埋まった客席という劇場の記憶が浮かび上がる。受付嬢が映写室に桃饅頭を届けると、そこに映写技師の姿はなく、劇場そのものが映写機を動かしているような印象を与える。そして、最後に映写技師が現れるとき、夢の時間も終わる。

「これは、夢の世界と同じような状況だといえます。映画館で上映されるキン・フーの『血闘竜門の宿』は、大先輩に対して敬意を表すと同時に、夢の始まりというものを観客に告げているわけです。そして、上映が終わると同時に、夢も覚めてしまう。しかし、その夢というのは、悲哀に満ちた夢なわけです。シャンチーはシャオカンにほのかな恋心を抱き、日本人は映画館に来て慰めを見出し、ミャオ・ティエンとシー・チュンという老いた名優たちは、自分たちの青春時代が失われたことを認めざるを得ない。この映画では、夢のなかのように、人物の出入りが唐突に起こります。映画館のなかにはいろいろな人がいたわけですが、突然消えてしまって、ミャオ・ティエンとシー・チュンという老人だけが残される。これは意図的にそのように作ったものです」

 一方、『西瓜』では、水不足の日常とAV産業の狭間に置かれた肉体を通して、内的な世界が掘り下げられていく。この映画を観て筆者が思い出すのは、『河』でツァイ監督にインタビューしたときのことだ。『河』には、AVの販売業者が出てくるが、彼はAVにまつわる話の延長で、こんなことを語っていた。人は愛情を求めているのに、愛につきまとう面倒な事柄を避けたいがために、とりあえず性の部分だけを処理しようとする。そして欲望だけを処理しているうちに、どこか麻痺してしまい、愛がわからなくなる。この論理は、人と映画の関係にも置き換えることができるだろうし、『西瓜』では、そうした置き換えも意識して、愛と性が描かれているように思える。

「そういってもいいと思います。観客は娯楽を与えられることに慣らされ、現実から逃避するために映画館に足を運ぶわけです。だから、愛や性の描写も、非常に美化されなければなりません。でも、私の映画のなかにある性の描写は、その対極にあるものだといえます。映画が何を人に与えることができるのか、なぜ映画を撮るのかというのは、私が映画を作りながらずっと考えつづけていることですが、観客はたぶん娯楽のためだけに映画館に来ているわけではないと思います。だから、自分の作品が、これまで観客が慣らされてきたものと同じであってはならないと考えています。観客がいままで観たこともないものを私は提示したい。この『西瓜』の撮影には、夜桜すももさんがやってきて、ためらわずに服を脱いでくれました。私たちスタッフは、その姿を見て驚愕し、この肉体をどう撮るのかということを、再認識しなければいけないと思ったわけです」

 『西瓜』については、『Hole』よりも大胆にミュージカル・シーンが盛り込まれていることにも注目する必要がある。

「ミュージカル・シーンの演出は、ほとんど直観で決めました。たとえば、AV男優のシャオカンが仕事の後で、屋上の貯水槽で水を浴びる場面ですが、べとついた身体を洗い流した彼は、爽快になるだけではなく寂寥感を覚える。そこで、気持ちの変化を表現するために、愛の歌を持ってきました。古風な塔が見える公園の場面は、昔風の愛の感覚をコメディタッチで表現するためにそこを選びました。シャオカンがトイレのなかで性器の形をした帽子を被っている場面は、そのときに彼が男性機能を失っているからです。というようにミュージカル・シーンはすべて、人物の心象風景になっています」

 最後に、ツァイ監督が、台湾映画の現状をどのように見ているのか尋ねてみた。

「台湾映画界は、二、三年前まで非常に苦しい状況にありましたが、政府が韓国に刺激されて、特に若い監督の育成に力を入れるようになり、状況が好転しました。たぶん昨年は新作が二十数本公開されていると思います。少ないときには、年間に七、八本ということもありましたから。観客を意識した宣伝や配給にも力を入れはじめ、興行収入もよくなってきました。私自身についていえば、実は『Hole』までの四作品は、興業的には芳しくなかったわけです。そこで『ふたつの時、ふたりの時間』では、何とか作品を知ってもらおうと、自分で街角や大学でチケットを売る努力をし、ひとつの映画館で三万人の観客を動員することができました。この『西瓜』では、台湾全体で十三万人を動員しました。DVDの販売状況も理想的なものになっています。この時代にあっては、そういうことにいろいろ気を配る必要があるということです」


◆プロフィール
ツァイ・ミンリャン
1957年、マレーシアのクチンに生まれる。
77年に台湾に渡り、文化大学演劇科で映画・演劇を学ぶ。在学中から抜きん出た才能で注目を集め、特に監督、脚本、主演をこなした一人舞台「房間裡的衣櫃」(83)では都会人の孤独を鮮烈に描写し、このテーマは後の彼の作品群に受け継がれてゆく重要な要素となる。その後映画の脚本家として活動するかたわら、テレビドラマの監督・脚本を手がけ、92年『青春神話』で映画監督デビュー。台湾の中時晩報(新聞)主催の映画賞で最優秀作品賞を受賞するとともに、東京国際映画祭ヤングシネマ部門ブロンズ賞に輝いた。続く2作目の『愛情萬歳』(94)はヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、そのまばゆいばかりの創造性と悲喜劇のアンサンブルで国際舞台を圧倒し、見事グランプリ(金獅子賞)を授賞、世界で最も注目すべき監督の一人として一躍名を馳せた。
97年には3作目となる『河』で、現代社会に生きる人々の救いのない孤独感、愛への欲望を容赦ないタッチで焙り出し、97年ベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲得。翌98年、ひとつのHole(穴)でつながるマンションの上下階に住む男女の関係をミュージカル仕立てで綴った『Hole』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、国際批評家連盟賞を受賞した。2001年、舞台をパリに移した『ふたつの時、ふたりの時間』では、フランソワ・トリュフォーの『大人は分かってくれない』の引用、ジャン=ピエール・レオーや撮影監督ブノワ・ドゥロムの起用など、これまでの成功に甘んじず、新たなものへ挑戦し続ける監督のエネルギーに満ちた作品となり、注目を集めた。
そして、この作品の撮影時に出合った映画館が取り壊されると聞き、そこを舞台に映画への溢れんばかりのオマージュをたたえた『楽日』(03)を撮り上げる。誰もいなくなった客席を心に焼き付けるように撮られた圧巻のシーンは、ヴェネチア国際映画祭の観客に驚きと感動を巻き起こした。
そして2005年、彼は新たな「恐るべき子供」を産み落とす。最新作『西瓜』。そのあまりにも大胆、でも笑わずにはいられないAV撮影やキッチュなミュージカルシーンに目を引かれるが、互いに心惹かれゆく男女の微かな心の揺れや不安、葛藤を、繊細な動作や表情で紡いでいくラブストーリーは、世界の老若男女を感動させ、2005年ベルリン国際映画際で銀熊賞ほか3賞を受賞。台湾でも、並み居るハリウッド映画を差し置いて、見事2005年興収1位、過去10年間の台湾映画ベスト1の興行記録を打ち立てた。
今や名実ともに人気監督となったツァイ・ミンリャンだが、ここ数年は自作の配給にも自ら乗り出し、いくつかの大学でティーチインなどを行い、台湾に良い映画観客を育てようと精力的に活動している。また、2003年、ツァイ・ミンリャン作品には欠かせない主演俳優リー・カンションが『迷子』で映画監督デビューを果たし、ツァイはプロデューサーとして参加。この二人のコラボレーションは、今後も映画の新しい可能性を切り開いていくことだろう。
そんな彼の最新作は、故郷マレーシアで撮影された「黒眼圏」。どんな蔡明亮ワールドを見せてくれるか期待が高まる。
(『楽日』『西瓜』プレスより引用)
 

 


 

(upload:2007/12/24)
 
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