――女優のミリアム・ショアがヘドウィグの夫イツハクという男を演じ、かつ女装に憧れているという設定も、単純化されたセクシュアリティに揺さぶりをかける狙いがある。
「その通り」
――アメリカに渡ったヘドウィグは、兵士と結婚した韓国人女性たちとバンドを組みますが、これも多様な価値観を盛り込もうとしたということですか。
「少年時代に基地の町で暮らしていたとき、そこには、自分たちの故郷から逃げ出すために兵士と結婚したたくさんの女たちがいた。たまたまその時にいた軍隊では、ほとんどがドイツ人と韓国人だった。それで私はこのバンドのアイデアを思いついた。彼女たちはみんな亡命者であって、それぞれがヘドウィグだった。そんな韓国人の妻たちのエネルギーを盛り込もうと思ったんだ」
――ヘドウィグは自力で壁を越え、アメリカで壁が崩壊したニュースを目の当たりにします。人々は冷戦が終われば、何か新しい世界が始まるという期待感を持っていたはずですが、実質的に壁を壊したのは自由主義経済の力であって、いまではグローバリズムによる画一化のなかで空虚さを感じている人が少なくありません。そういう意味で、肉体に1インチという冷戦の傷を抱えたヘドウィグの戦いは、ポスト冷戦の時代に空虚さを感じている人々を魅了するのだと思うのですが。
「多くの人々は、自分が対立したり抵抗しているものによって、自分が何者であるのかを明確にする。ところが、グローバリズムに異議を唱えようとする人には、反対するための標的もないし、公正や正義を反映する確かなものもない。だから満たされない。誰も世界経済がグローバル化するのを止めることができない。それが空虚なんだ。ドイツでは、以前は東側に暮らしていたたくさんの人々が『ヘドウィグ〜』に非常に心を動かされていた。そう、だから確かに、この物語にはそういうことを訴えかけている部分がある」
――『ヘドウィグ〜』には、トミーのロックスターのイメージに対して、ヘドウィグの巡業を通して、その背景にあるアメリカの日常を映しとろうとする意識があるように思うのですが、いかがですか。
「その通りだ。ヘドウィグはレストランのチェーン店で演奏をしている。だからどこに行っても何も変わらない。そこにはツアーをしていて私がどう感じているのかが反映されている。何も変わらない場所のなかで、ヘドウィグたちは周縁へと追いやられ、バンド全体が東側からの亡命者になっているんだ」
――最後に次回作が決まっているようでしたら、その内容について教えてください。
「子供の世界を描く物語の映画化に取りかかっている。「ピーターパン」とか「秘密の花園」のような、イギリスの古典に近い伝統的な物語で、それを現代的な視点でとらえたような作品になると思う」 |