映画、音楽、パフォーマンスなど多彩な表現を駆使するイギリス出身の才女サリー・ポッター。彼女は、92年の監督作『オルランド』で、4世紀にわたって歴史と世界を見つめ、性の境界をも越えて生き続ける主人公の旅をめくるめく映像のなかに描きだし、世界的な注目を集める作家となった。
それから5年、『タンゴ・レッスン』は彼女が監督、脚本、主演を兼ねる新作である。
「『オルランド』でもダンスが出てきましたが、今回はそれを映画の中心に置きたいと思いました。そのダンスはタンゴでなければなりませんでした。タンゴは他者との結合を必要とし、しかも、お互いに依存するのではなく自立した存在でなければ本当に踊ることができないのに、極めると相手を生きるというところまでいけます。タンゴなら人間という存在の複雑さが表現できると思ったのです」
モノクロを基調とするこの新作では、ポッター自身と著名なタンゴ・ダンサー、パブロ・ヴェロンが本人として登場し、映画とダンス、現実と虚構がせめぎあう世界のなかで、時に激しく火花を散らし、次第に深く結合していく。
たとえば、ポッターはヴェロンからタンゴのレッスンを受けるかわりに彼女がこれから作ろうとしている映画に彼を出演させることを約束する。その結果ヴェロンは、まだ体験したことのない映画出演に期待を膨らませていくが、そんな彼は観客から見るとすでに映画に出演していることになり、宙吊り状態に置かれる。
「そう、彼はありのままの自分であろうとすると同時に彼に向けられたカメラを意識せざるをえません。私がどうしてこの映画を作ったのかといえば、まさに観客にどこまでが現実でどこまでが演技なのか考え込んでほしかったからです。人間はありのままの自分のつもりで無意識のうちに演技しているところがあります。そんな感覚を突き詰めてみたかったのです」 |