サリー・ポッター・インタビュー01
Interview with Sally Potter 01


1997年 銀座
タンゴ・レッスン/The Tango Lesson――1997年
/イギリス=フランス=アルゼンチン=ドイツ=オランダ/モノクロ&カラー/102分/ヴィスタ
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(初出:日本版「Esquire」1997年、若干の加筆)

 

 

タンゴなら人間の複雑さが表現できる
内面にある見えないものを見せてみたい
――『タンゴ・レッスン』(1997)

 

 映画、音楽、パフォーマンスなど多彩な表現を駆使するイギリス出身の才女サリー・ポッター。彼女は、92年の監督作『オルランド』で、4世紀にわたって歴史と世界を見つめ、性の境界をも越えて生き続ける主人公の旅をめくるめく映像のなかに描きだし、世界的な注目を集める作家となった。

 それから5年、『タンゴ・レッスン』は彼女が監督、脚本、主演を兼ねる新作である。

「『オルランド』でもダンスが出てきましたが、今回はそれを映画の中心に置きたいと思いました。そのダンスはタンゴでなければなりませんでした。タンゴは他者との結合を必要とし、しかも、お互いに依存するのではなく自立した存在でなければ本当に踊ることができないのに、極めると相手を生きるというところまでいけます。タンゴなら人間という存在の複雑さが表現できると思ったのです」

 モノクロを基調とするこの新作では、ポッター自身と著名なタンゴ・ダンサー、パブロ・ヴェロンが本人として登場し、映画とダンス、現実と虚構がせめぎあう世界のなかで、時に激しく火花を散らし、次第に深く結合していく。

 たとえば、ポッターはヴェロンからタンゴのレッスンを受けるかわりに彼女がこれから作ろうとしている映画に彼を出演させることを約束する。その結果ヴェロンは、まだ体験したことのない映画出演に期待を膨らませていくが、そんな彼は観客から見るとすでに映画に出演していることになり、宙吊り状態に置かれる。

「そう、彼はありのままの自分であろうとすると同時に彼に向けられたカメラを意識せざるをえません。私がどうしてこの映画を作ったのかといえば、まさに観客にどこまでが現実でどこまでが演技なのか考え込んでほしかったからです。人間はありのままの自分のつもりで無意識のうちに演技しているところがあります。そんな感覚を突き詰めてみたかったのです」


◆プロフィール◆

サリー・ポッター
1949生まれ。映画制作を目指して16歳のときに学校を中退。London Filmmakers Co-opに入り、 実験的短編映画を作り始める。その後、London School of Contemporary Danceで、ダンサーとして振り付け師として訓練を受け、The Limited Dance Companyを設立。「Mounting」「Death and the Maiden」「Berlin」などでパフォーマンス・アーティスト、舞台監督として数々の賞に輝く。
ポッター監督は世界の映画祭で高い評価を受けた短編映画『Thriller』を機に、映画作りを再開。長編映画第一作目は、ジュリー・クリスティー主演の『The Gold Diggers』(83)となる。国際的な評価を得た『オルランド』(92)でポッター監督の作品は世界的注目を浴びるようになる。
(『愛をつづる詩』プレス参照)

 

 


  このような人間という存在に対するポッターの深いこだわりは、ユダヤ人のアイデンティティとも深く結びついている。この映画のなかで、ポッターは無神論者のユダヤ人、ヴェロンは宗教的な安らぎを得ることができないユダヤ人でもあるのだ。

「キリスト教とユダヤ教の大きな違いは、キリスト教徒がひたすら信じるしかないのに対してユダヤ教の場合にはまず疑うということから始まるのです。不思議に思えるかもしれませんが、神と議論を戦わせることもできるし、神は存在するのかという疑問を投げかけることすら可能なのです。それだけに、芸術家や無神論者にとってユダヤ教はとても魅力的な宗教ともいえるのです」

 サリー・ポッターにとって“タンゴ・レッスン”とは人間に対する根源的な問いかけの答えを探す作業に他ならない。

「私には外からダンスがどう見えるかということよりも内的にどう変わり得るのかということに遥かに関心がありました。内面にある見えないものを見せてみたいと思ったのです」


(upload:2014/04/25)
 
 
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