ウォールフラワー
The Perks of Being a Wallflower  The Perks of Being a Wallflower
(2012) on IMDb


2012年/アメリカ/カラー/103分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:月刊「宝島」2013年12月号、若干の加筆)

 

 

ティーンエイジャーの心の痛みと成長を
繊細かつ誠実に描いた心揺さぶられる青春映画

 

[ストーリー] 16歳のチャーリーは、友だち0人。彼女なんて論外だ。いつも人の輪に入れない“壁の花(ウォールフラワー)”のチャーリーの存在を初めて認めてくれたのが、上級生のサムとパトリックだ。義理の兄妹の二人は、何よりも自由を愛するはみ出し者で、学園カーストとは関係のない“特別席”で、眩しいほどに輝いていた。

 そんな二人のグループに仲間として迎え入れられ、閉ざされた世界から解き放たれていくチャーリー。刺激的なパーティに真夜中のドライヴ、理由なんてないバカ騒ぎ、胸を揺さぶる音楽や小説との出会い、悲しいときに側にいてくれる友だち、そして息もできないほど切ない初恋――。だが、チャーリーの過去に秘められたある“事件”が、光に満ちた日々に影を落としていく――。[プレスより]

 処女作になる青春小説が社会現象になるほどの注目を集め、今度はそれを自ら映画化したと書けば、小説家が映像にも挑戦したような印象を与えかねないが、スティーブン・チョボスキーの場合は違う。

 1970年ペンシルベニア州生まれのチョボスキーは、映像作家としてキャリアをスタートさせた。『The Four Corners of Nowhere』(95)で映画監督としてデビューした後で個人的な想いを詰め込んだ小説『ウォールフラワー』を99年に発表し、機が熟すのを待つように長い時間をかけて脚色し、映画化に漕ぎつけたのだ。

 小説家志望の孤独な若者チャーリーは、苛酷なスクールカーストの最下層に追いやられ、目立つことなく学校生活をやり過ごすことだけを考えていた。しかしそんな彼の世界は、カーストに縛られない自由奔放な上級生の兄妹パトリックとサムに出会うことで一変する。

 この映画の登場人物たちはみな別の顔を持っている。たとえば、カーストの頂点に位置するスポーツ選手は単細胞で乱暴と相場が決まっているが(ティム・バートンの『シザーハンズ』と比べてみるとよくわかる)、そんな立場にあるアメフトの花形選手ブラッドはゲイという秘密を抱え、陰でパトリックと関係を持っている。チャーリーと兄妹も過去を背負っている。チョボスキーは、それぞれの心の痛みを繊細かつ誠実に描き出していくが、魅力はそれだけではない。

 兄妹との出会いによって解放されていくチャーリーは、過去と向き合わなければならなくなる。そこで甦ってくるのは、事故死した叔母の記憶だ。生前の彼女はDVに苦しめられ、その不安定な精神と行動がチャーリーにも影響を及ぼしていた。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/原作   スティーブン・チョボスキー
Stephen Chbosky
撮影監督 アンドリュー・ダン
Andrew Dunn
編集 メアリー・ジョー・マーキー
Mary Jo Markey
音楽 マイケル・ブルック
Michael Brook
 
◆キャスト◆
 
チャーリー   ローガン・ラーマン
Logan Lerman
サム エマ・ワトソン
Emma Watson
パトリック エズラ・ミラー
Ezra Miller
メアリー・エリザベス メイ・ホイットマン
Mae Whitman
ケイト・ウォルシュ
Kate Walsh
ディラン・マクダーモット
Dylan McDermott
ヘレンおばさん メラニー・リンスキー
Melanie Lynskey
キャンディス ニーナ・ドブレフ
Nina Dobrev
ブラッド ジョニー・シモンズ
Johnny Simmons
バートン医師 ジョーン・キューザック
Joan Cusack
ミスター・アンダーソン ポール・ラッド
Paul Rudd
-
(配給:ギャガGAGA)
 

 これは原作小説にも当てはまるが、チョボスキーがストーリーのなかで強く意識しているのは、ホモソーシャルな関係が生み出す歪みや苦痛である(“ホモソーシャル”については、「ホモソーシャル、ホモセクシュアル、ホモフォビア――『リバティーン』と『ブロークバック・マウンテン』をめぐって」をお読みください)。

 先述したアメフト選手ブラッドは、チームの仲間とのホモソーシャルな関係とパトリックとのホモセクシュアルな関係のダブルスタンダードを生きることを余儀なくされ、そのバランスが崩れるとき心の歪みが露になる。チャーリーの叔母もそのようなマスキュリニティ(男性性)や暴力の呪縛によって心まで歪められてしまったといえる。そして、サムの過去もホモソーシャルをめぐる力関係と無縁ではない。

 この物語にセラピーといえるような効果があるのは、チョボスキーが、そんな深い痛みをしっかりと見据え、主人公たちが呪縛から解き放たれていく姿を生き生きと描き出しているからに他ならない。だから私たちはこの青春映画に深く引き込まれるのだ。


(upload:2014/04/22)
 
 
《関連リンク》
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ホモソーシャル、ホモセクシュアル、ホモフォビア
――『リバティーン』と『ブロークバック・マウンテン』をめぐって
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