ロドリゴ・ガルシア の初監督作品『彼女を見ればわかること』 では、ロサンゼルス郊外に暮らす女たちそれぞれに訪れるささやかな転機が、背景や細部に繋がりを持つ5つの物語を通して描き出される。第2作の『彼女の恋からわかること』では、10人の女たちが、自宅のなかでカメラ(あるいは、友人やセラピストかもしれない他者)に向かって、恋愛やセックス、結婚などの体験を語る。
そして、新作の『美しい人』では、階層も人種も年齢も異なる女性たちそれぞれの人生の断片が、ワンシーン・ワンカットで撮られた9つの物語を通して描き出される。
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ガルシアが短編という形式にこだわるのは、プレスに収められた彼のインタビューにあるように、「文学的な環境で育った」ことが影響している。しかし、彼が監督になる前に、10年以上もカメラオペレーター、撮影監督として活動してきたことも無視するわけにはいかない。カメラマンは、全体の物語を踏まえたうえで、ひとつのシーン、そのシーンにおける登場人物の在り方、人物を取り巻く空間の細部により感覚や神経を集中させていくことだろう。
長編映画には、明確な設定があり、物語が展開し、結末が示される。具体的な情報が多くなるほど、ひとつのシーンにおける視覚的な表現は制約される。だが、短編であれば、情報は削られ、人生の断片を切り取った映像から、語られないもの、見えないものを想像させる可能性が広がる。ガルシアは、できるだけ具体的な設定や物語に依存することなく、そこに存在する主人公たちに迫り、その心の動きをとらえようとしてきたといえる。
そして、そんな彼の方法やスタイルは、確実に進化している。『彼女を見ればわかること』の物語は、主人公たちの現在に重点が置かれていた。それぞれに自立し、社会的な責任を背負う彼女たちは、様々な出来事をきっかけに女としての自分を強く意識する。この映画では、彼女たちの不可解ともいえる行動を通して、心の揺れがとらえられていた。
これに対して、『彼女の恋からわかること』では、彼女たちの過去に重点が置かれ、ガルシアのスタンスも、彼がカメラマンであったことを想起させる。具体的には描かれない過去は、われわれの想像力を刺激する。だが、この映画の場合は、“動き”という重要な要素が欠けていた。
新作の『美しい人』では、描かれない過去が生かされ、動きの問題がクリアされ、完成度が高められている。この映画の世界は、実に緻密に構成され、これまで以上に一貫性を持ったひとつの作品になっている。但し、それは、ある物語の登場人物が別の物語にも登場し、背景が繋がっていくということではない。『彼女を見ればわかること』にも、そういうアイデアが盛り込まれていた。
この映画の9つの物語は、起点から終点に至るひとつの流れを形作っていく。それがどんな流れなのかといえば、第9話のマリアの台詞がヒントになるだろう。墓地で猫を目にした彼女は、猫にはほんとに命が9つあるのかと母親のマギーに尋ねる。映画の原題(“Nine Lives”)とも結びつく「猫に九生あり(A cat has nine lives.)」という諺は、簡単には死なない猫のしぶとさ、生への執着を表わしている。その“執着”は、この映画のキーワードとなる。この映画には、9人の女性たちの後ろ髪を引かれるような想い、容易には拭い去ることのできない過去への執着が描かれているからだ。