ロドリゴ・ガルシア監督の『パッセジャーズ』は、旅客機の墜落事故から始まる。セラピストであるヒロインのクレアは、事故で奇跡的に生き残った5人の乗客のカウンセリングを担当することになる。彼女は患者たちの心の傷を癒すために、事故の真相を究明しようとするが、新事実を口にした患者たちは次々に姿を消していく。
それは偶然なのか、航空会社の隠蔽工作なのか。やがて、彼女だけが知らなかった真相が明らかになる。
この物語にかなり無理があることは脚本の段階で予想できたはずだが、明確な独自の世界を持つロドリゴ・ガルシアがなぜ監督を引き受けてしまったのか。その理由はわからないではない。
たとえば、彼の『彼女の恋からわかること』では、10人の女性たちがカメラに向かって、恋愛やセックス、結婚などの体験を語る。そのカメラは、セラピストであってもおかしくない。ガルシアはそういう関係や距離から浮かび上がってくる人物の内面に強い関心を持っている。
『パッセンジャーズ』のクレアは、患者たちの閉ざされた心を開こうとする。しかもこの映画には、癒す者と癒される者の関係が逆転していくような展開がある。そんな要素にガルシアが興味をそそられても不思議はない。
さらに、9つの物語で構成された彼の『美しい人』では、9人の女性たちの後ろ髪を引かれるような想い、容易には拭い去ることのできない過去への執着が描き出されている。そんな心理もまた『パッセンジャーズ』と結びつきがある。
だが、ガルシアがどんなに興味をそそられたとしても、これは彼の独自の世界を表現できる物語ではない。
それから最後にもうひとつ、ダイアン・ウィーストのような素晴らしい女優が、なぜトニというどう考えても彼女にふさわしくない役を引き受けてしまったのか。こちらはまったく理解できない。
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