ジュリエッタ
Julieta


2016年/スペイン/カラー/99分/アメリカンヴィスタ/
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(初出:「CDジャーナル」2016年11月号)

 

 

アルモドバルの脳裏に焼きついている
ヒッチコック作品の設定、人物、細部

 

[ストーリー] スペインのマドリードでひとりで暮らしているジュリエッタは、美しく洗練された容姿の中年女性だが、自分を心から愛してくれている恋人ロレンソにも打ち明けていない苦悩を内に秘めていた。

 そんなある日、ジュリエッタは偶然再会した知人から「あなたの娘を見かけたわ」と告げられ、目眩を覚えるほどの衝撃を受ける。ひとり娘のアンティアは、12年前に理由さえ語らぬままジュリエッタの前から突然消えてしまったのだ。

 最愛の娘をこの手で抱きしめたい。母親としての激情に駆られたジュリエッタは、心の奥底に封印していた過去と向き合い、今どこにいるかわからない娘に宛てた手紙を書き始めるのだった――。[プレスより]

[以下、レビューになります]

 ペドロ・アルモドバルの新作『ジュリエッタ』は、マドリードに暮らす中年女性ジュリエッタが、新たな人生を開くために、恋人とポルトガルに旅立つ準備をするところから始まる。ところが、街角で偶然再会した知人から、彼女の娘をイタリアで見かけたと告げられ、激しく動揺する。

 娘のアンティアは、12年前に突然家を出て、行方知れずになっていた。過去と向き合う決心をしたジュリエッタは、恋人に別れを告げ、娘への手紙を綴りだす。30年前、25歳の彼女は、夜行列車で出会ったショアンという漁師と恋に落ちるが、その先に悲劇が待ち受けていた。

 この新作は『オール・アバウト・マイ・マザー』『ボルベール<帰郷>』の系譜に連なる作品といえるが、見所はそれだけではない。ドラマを構成する細部がヒッチコックを連想させるのだ(アルモドバルは『ペドロ・アルモドバル 愛と欲望のマタドール』のなかで、「彼(ヒッチコック)の映画を何度も繰り返し見直して、ひとつひとつの映像の背後に、ものすごい才能を発見したんだ」と語っている)。


◆スタッフ◆

監督/脚本   ペドロ・アルモドバル
Pedro Almodovar
撮影 ジャン=クロード・ラリュー
Jean-Claude Larrieu
編集 ホセ・サルセド
Jose Salcedo
音楽 アルベルト・イグレシアス
Alberto Iglesias

◆キャスト◆

現在のジュリエッタ   エマ・スアレス
Emma Suarez
若き日のジュリエッタ アドリアーナ・ウガルテ
Adriana Ugarte
ショアン ダニエル・グラオ
Daniel Grao
ロレンソ ダリオ・グランディネッティ
Dario Grandinetti
サラ スシ・サンチェス
Susi Sanchez
アバ インマ・クエスタ
Inma Cuesta
ベア ミシェル・ジュネール
Michelle Jenner
マリアン ロッシ・デ・パルマ
Rossy de Palma
(配給:ブロードメディア・スタジオ)

 たとえば、夜行列車の場面はわかりやすいだろう。25歳のジュリエッタは、向かいに座った男の乗客と言葉を交わしたことがきっかけで、予想もしない出来事に遭遇し、漁師のショアンと恋に落ちることになる。

 アルモドバルはプレスに収められた製作ノートで、列車のシーンが最高だと思う作品として、ヒッチコックの『バルカン超特急』、『見知らぬ乗客』、『北北西に進路を取れ』とフリッツ・ラングの『仕組まれた罠』を挙げている。

 しかし、筆者が最も印象的だったのは、ジュリエッタがショアンの世界に引き込まれていく流れだ。そこでは、ヒッチコックの『レベッカ』が見え隠れする。

 『レベッカ』では、ヒロインが旅先でイギリス人の富豪と恋に落ち、彼の後妻として大邸宅に落ち着く。そんな彼女は、前妻の影と冷淡な家政婦に翻弄されていく。ジュリエッタも後妻として海辺に建つショアンの家に落ち着くが、無愛想な家政婦によって追い詰められていく。しかもどちらの物語も、嵐による海難事故が重要な鍵を握ることになる。

 こうした符合は、影響を受けているというよりも、アルモドバルの映画的な記憶が特に意識することもなく表れていると見るべきなのかもしれない。この新作は、彼がヒッチコックに傾倒し、独自の世界を切り拓いた監督であることをあらためて思い出させる作品でもある。

《参照/引用文献》
『ペドロ・アルモドバル 愛と欲望のマタドール』フレデリック・ストロース●
石原陽一郎訳(フィルムアート社、2007年)

(upload:2016/11/26)
 
 
《関連リンク》
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