ジャック・ジョンソン
Jack Johnson


1970年/アメリカ/モノクロ/88分/モノラル
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(初出:「City Road」1989年、若干の加筆)

 

 

白人を挑発しつづけた黒人初のヘビー級チャンピオン
20世紀初頭に異彩を放った反逆児の波乱万丈の生涯

 

 ジム・ジェイコブス監督の『ジャック・ジョンソン』は、黒人で初めて世界ヘビー級チャンピオンになった最強のボクサー、ジャック・ジョンソンを題材にしたドキュメンタリーだ。

 この作品が劇場公開(ビデオ化の方が早かったが)されるまで、『ジャック・ジョンソン』といえば、日本ではこの映画のサントラであるマイルス・デイヴィスの『ジャック・ジョンソン』だった。このアルバムは、マイルスのジャズ/フュージョン路線からあっけらかんと逸脱し、ギンギンにロックしているという意味で異彩を放っている。しかも、B面のラストにはジャック・ジョンソンの台詞(声は、映画でジャック・ジョンソンの台詞を受けもったブロック・ピーターズ)が入っている。

オレはジャック・ジョンソン、世界ヘビー級チャンピオンだ。オレは黒人だ。奴らはそれをオレに思い知らせる。いいだろう、オレは黒人だ。オレも奴らに思い知らせてやる

 このやたらとかっこいいサントラと猛烈にインパクトのある台詞の挑発は、このドキュメンタリーに対する好奇心をそそった。

 その映画『ジャック・ジョンソン』は、今世紀初頭に活躍した人物の足跡を、当時のニューズ・リールや写真で構成しているだけに決して見やすいとは言えないが、それでも想像力をかきたてるきわめて刺激的な一代記になっている。

 ジョンソンは、1908年にシドニーでトミー・バーンズからヘビー級の王座を奪い、1915年にハバナでジェス・ウィラードに破れる(八百長という説もある)。そして、彼の名前を一躍有名にしたのは、1910年に行われたジェームズ・ジェフリーとの一戦だ。これは、元ヘビー級チャンピオン、ジェフリーが“白人の期待の星”というなりもの入りでカンバックしたためで、ジョンソンがノックアウト勝ちをおさめると暴動がまき起こり、この試合を記録した映画の上映禁止という措置がとられた。

 注目の的となった彼は、白人に対して挑発の限りをつくす。試合のフィルムには、彼がリング上で口にしていたであろう雑言が挿入されている。一方、リングの外では、白人女性を常にまわりにはべらせ、結婚もし、高価なクルマを乗り回し、自動車レースでも白人と競り合い、シカゴに自分の店を出すなどして、大胆に白人たちの感情をさかなでした。そして、彼の白人の妻が自殺するに及んで白人の怒りは最高潮に達し、ジョンソンは、“白人奴隷法違反”で有罪を宣告され、ヨーロッパに逃亡する。

 ボクサーの一代記というと、数々の試合の断片が繋ぎあわされているように思われるかもしれないが、この作品はそれだけではない。激動の時代に世界を放浪することを余儀なくされたひとりの男にスポットをあて、彼が目撃した世界の光景がコラージュで再現されていく。

 彼は、名士としてヨーロッパに迎えられ、第一次大戦に遭遇し、金になる試合を求めてロシアに向かい、怪僧ラスプーチンに会う。今度は戦火を逃れてメキシコに旅立ち、またも革命に遭遇し、からくもキューバに脱出し、そこでタイトルを失う。帰米後には映画に出演したり、スペインに行って闘牛士をやったりと、嘘のような本当の波瀾万丈の人生を送る。


◆スタッフ◆
 
監督   ジム・ジェイコブス
Jim Jacobs
脚本 アラン・ボディアン
Alan Bodian
撮影 ローレンス・ガリンジャー
Lawrence Garinger
編集 ジョン・ダンドレ
John Dandre
音楽 マイルス・デイヴィス
Miles Davis
製作 ウィリアム・クレイトン
William Clayton
 
◆キャスト◆
 
ジャック・ジョンソンの声   ブロック・ピーターズ
Block Peters
ナレーター ケヴィン・ケネディ
Kevin Kennedy
  ジャック・ジョンソン
Jack Johnson
  トミー・バーンズ
Tommy Burns
  ジャック・デンプシー
Jack Dempsey
  ジェームズ・J・ジェフリーズ
James J. Jeffries
  ジャック・ロンドン
Jack London
  ウィリアム・バークレイ・‘バット’・マスターソン
William Barclay ‘Bat’ Masterson
  ヴィクター・マクァグレン
Victor McLaglen
  テックス・リカード
Tex Rickard
  パンチョ・ヴィラ
Pancho Villa
  ジェス・ウィラード
Jess Willard
-
(配給:ケイブルホーグ)
 
 
 

 ところで、ジャック・ジョンソンは、ヘビー級チャンピオンの座を獲得したことによって、黒人のヒーローの座も獲得したと思われるかもしれないが、実際はそうではない。むしろ、彼が黒人のヒーローとなるのは、60年代にモハメッド・アリが注目を浴びるようになってからのことなのだ。人々が、アリにジョンソンのイメージをだぶらせ、自己主張する黒人勢力が台頭する時代にやっと彼の生き方が評価されるようになったわけだ。

 そして、『ジャック・ジョンソン』の音楽を手がけたマイルス・デイヴィスもそんな自己主張する黒人のひとりといえる。彼は、高価なクルマに乗り、洋服に金をかけ、ボクシング・ジムに通い(後には自分の家にジムを持ち)、「プレイボーイ」や「ローリング・ストーン」に白人に対する好戦的な発言を繰り返した。あるいは、家に訪ねてきたミック・ジャガーを追い返し、「いつでも最高のロック・バンドをつくることができる」と豪語して、エリック・クラプトンを激怒させたりもした。

 それでは、アリの登場以前のジョンソンは黒人たちにどのように見られていたのだろうか。もちろん、彼をヒーロー視する人々もいたにはいたが、むしろ彼は、黒人からもうとまれる存在だった。彼の挑発と脅威が白人の警戒心を刺激し、差別感情がより強固になり、黒人がスポーツその他の分野に進出するための大きな弊害となったからだ。

 たとえば、後にヘビー級王座を獲得し、タイトルを25回も防衛したジョー・ルイスの伝記『チャンピオン』には、まだ無名のルイスの才能に注目したロックスボロウと彼のコーチになったブラックバーンが、ルイスに向かってこんなふうに語る場面がある。

ジョンソンの件以来、白人は黒人のボクサーに目を光らしている。だが、ジャック・ジョンソンのようにさえならなければ、おまえにはチャンスがあるかもしれない

ほんとうの闘いはリングのなかではなく、リングの外にあるんだ。絶対に、絶対に相手の悪口をいうな。試合の前は相手をほめあげろ。試合後もおなじようにほめるんだ。それから白人を倒したあとは、絶対に笑うな

ジャック・ジョンソンは笑ったんだ

 そして、ジャック・ジョンソンとモハメッド・アリやマイルス・デイヴィスの狭間の時代に様々な分野に突出してきた黒人たちが、どこかクールな資質を持ち合わせているのは、ジョンソンの存在と無縁ではないだろう。それはたとえば、ジョー・ルイスであり、1947年に大リーグの人種の壁を破ったジャッキー・ロビンソンであり、そして、イーストウッドの『バード』で脚光を浴びたチャーリー・パーカーといった人々だ。

 ジャック・ジョンソンは、人種差別の歪みをそのままに体現し、人々の憎悪によって突き動かされた黒人であるように見える。映画『ジャック・ジョンソン』には、差別をめぐる激しいせめぎ合いのなかで強度を獲得する身体と感情が刻みこまれている。

《引用文献》
『チャンピオン ジョー・ルイスの生涯』 クリス・ミード●
佐藤恵一訳(東京書籍、1988年)

(upload:2010/09/11)
 
 
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