ジム・ジェイコブス監督の『ジャック・ジョンソン』は、黒人で初めて世界ヘビー級チャンピオンになった最強のボクサー、ジャック・ジョンソンを題材にしたドキュメンタリーだ。
この作品が劇場公開(ビデオ化の方が早かったが)されるまで、『ジャック・ジョンソン』といえば、日本ではこの映画のサントラであるマイルス・デイヴィスの『ジャック・ジョンソン』だった。このアルバムは、マイルスのジャズ/フュージョン路線からあっけらかんと逸脱し、ギンギンにロックしているという意味で異彩を放っている。しかも、B面のラストにはジャック・ジョンソンの台詞(声は、映画でジャック・ジョンソンの台詞を受けもったブロック・ピーターズ)が入っている。
「オレはジャック・ジョンソン、世界ヘビー級チャンピオンだ。オレは黒人だ。奴らはそれをオレに思い知らせる。いいだろう、オレは黒人だ。オレも奴らに思い知らせてやる」
このやたらとかっこいいサントラと猛烈にインパクトのある台詞の挑発は、このドキュメンタリーに対する好奇心をそそった。
その映画『ジャック・ジョンソン』は、今世紀初頭に活躍した人物の足跡を、当時のニューズ・リールや写真で構成しているだけに決して見やすいとは言えないが、それでも想像力をかきたてるきわめて刺激的な一代記になっている。
ジョンソンは、1908年にシドニーでトミー・バーンズからヘビー級の王座を奪い、1915年にハバナでジェス・ウィラードに破れる(八百長という説もある)。そして、彼の名前を一躍有名にしたのは、1910年に行われたジェームズ・ジェフリーとの一戦だ。これは、元ヘビー級チャンピオン、ジェフリーが“白人の期待の星”というなりもの入りでカンバックしたためで、ジョンソンがノックアウト勝ちをおさめると暴動がまき起こり、この試合を記録した映画の上映禁止という措置がとられた。
注目の的となった彼は、白人に対して挑発の限りをつくす。試合のフィルムには、彼がリング上で口にしていたであろう雑言が挿入されている。一方、リングの外では、白人女性を常にまわりにはべらせ、結婚もし、高価なクルマを乗り回し、自動車レースでも白人と競り合い、シカゴに自分の店を出すなどして、大胆に白人たちの感情をさかなでした。そして、彼の白人の妻が自殺するに及んで白人の怒りは最高潮に達し、ジョンソンは、“白人奴隷法違反”で有罪を宣告され、ヨーロッパに逃亡する。
ボクサーの一代記というと、数々の試合の断片が繋ぎあわされているように思われるかもしれないが、この作品はそれだけではない。激動の時代に世界を放浪することを余儀なくされたひとりの男にスポットをあて、彼が目撃した世界の光景がコラージュで再現されていく。
彼は、名士としてヨーロッパに迎えられ、第一次大戦に遭遇し、金になる試合を求めてロシアに向かい、怪僧ラスプーチンに会う。今度は戦火を逃れてメキシコに旅立ち、またも革命に遭遇し、からくもキューバに脱出し、そこでタイトルを失う。帰米後には映画に出演したり、スペインに行って闘牛士をやったりと、嘘のような本当の波瀾万丈の人生を送る。 |