リスク・オブ・アシッド・レイン(英題)
Ehtemal-e Baran-e Asidi / Risk of Acid Rain


2015年/イラン/ペルシア語/カラー/105分/1.85:1/Dolby Digital
line
(初出:)

 

 

結婚することなく定年を迎えたとてつもなく孤独な男が
生涯ただ一人の友を探して訪れたテヘランで出会ったのは

 

[Introduction] イラン映画界でコンビで活動するベタシュ・サナイハマリヤム・モガッダム。サナイハは、監督、脚本、編集を、モガッダムは、監督、脚本、女優をこなすが、コンビが手がけた最初の長編劇映画になる本作では、ふたりで脚本を書き、サナイハが監督と編集にあたり、モガッダムが、マソー役として出演している。彼らが描くのは、結婚することなく定年を迎え、母親も亡くなり、孤独な生活を送る60歳の男が、テヘランに行って30年間も会っていなかった唯一の友だちを探す物語。

 主人公は、たばこ会社を定年になり、一緒に暮らしていた母親も亡くなり、孤独な生活を送る60歳の男マヌーチャー。パンを買いに行き、ベランダの花に水をやり、表をボーっと眺めるだけの単調な毎日。そして定年になったのに会社に行き、倉庫から椅子を出してきて、仕事をしているかのように過ごす。

 そんなある日、彼は身支度を整えてテヘランに向かう。30年も会っていない唯一の友だち、コスロウを探すために。テヘランで、コスロウが暮らしていたと思われる住所を訪ね歩くが、なかなか手がかりをつかめず、安いホテルに泊まることにするが、そこで若い男女ふたりと交流を持つことになる。

 ひとりは、そのホテルでクラークとして働くカーベエ。一見、陽気に振る舞ってはいるが、厭世観にとらわれていて、マリファナで現実逃避し、この世界から逃れるために火星に移住する計画を立てている。もうひとりは、カーベエの友人の女性マソー。彼女は祖母と同居して、面倒を見ていたが、パニック障害で入院し、治療の途中で病院を逃げ出して、居場所がないためにそのホテルに居ついている。

 ただし、カーベエがいるとはいえ、マソーにとってそのホテルも安全な場所とは言い難い。マヌーチャーがチェックインするとき、ちょうど警官たちがホテルにやってきて、宿泊客のパスポートなどを確認する。ロビーにひとりでいるマソーを不審に思った警官に対して、カーベエは、彼女は通訳でもうすぐ帰るところだと説明する。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/編集   ベタシュ・サナイハ
Behtash Sanaeeha
脚本 マリヤム・モガッダム
Maryam Moghaddam
撮影 Mohammad Reza Jahanpanah
音楽 Henrik Nagi
 
◆キャスト◆
 
マヌーチャー   シャムス・ラングロウディ
Shams Langroudi
マソー マリヤム・モガッダム
Maryam Moghaddam
カーベエ プーリヤ・ラヒミサム
Pouria Rahimi Sam
  Habib Pouryousefi
  Arsallan Abdollahi
プーリアー Mohsen Avid
アルバ Pejvak Imani
-
(配給:)
 

 マヌーチャーがふたりと親しくなるきっかけは、そんなエピソードと無関係ではない。マヌーチャーは、カーベエから、マソーが警察に捕まったので、彼女のおじのふりをして迎えに行ってほしいと頼まれ、警察で罰金を払って彼女を引き取ってくる。それから世代が違う3人は親しくなり、行動をともにするようになる。

 マヌーチャーはどうして結婚しなかったのか。作り手は彼がゲイかもしれないことをさり気なく示唆している。たとえば、彼がマソーに語る若い頃のエピソード。友だちのコスロウは、マヌーチャーの家の近くに住む少女の恋していた。戦争に行ったコスロウは、彼女に宛てた手紙をマヌーチャーに送ってきたが、彼はそれを少女に渡さなかった。

 本作には他にも、主人公の人物像をあれこれ想像させる細やかな表現が随所に盛り込まれている。マヌーチャーはたばこ会社に勤めていたのに、一度もたばこを吸ったことがない。身体に悪いと思っているからだ。ところが、カーベエにマリファナを勧められて、気分が悪くなってしまう。それを知ったマソーはカーベエを咎め、3人で病院に行くような騒動になるが、そんな出来事を通して彼らは親密になっていく。

 マヌーチャーがいつも傘を持っているのも見逃せない。映画の導入部で、会社に行った彼は、すれ違った(かつての)同僚に、雨が降りそうだと言うが、その同僚は、昨日もそう言っていたが降らなかったと答える。その後、彼がテヘランに行っても、雨が降ることはないが、それでも傘をいつも身近に置いている。カーベエとマリファナを吸ったときには、カーベエが傘を見て笑い出す。そして、映画の最後に、ついに雨が降り出すが、友だちをめぐって彼の気持ちには大きな変化があり、もはや傘が必要なくなっている。


(upload:2022/02/04)
 
 
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