[Introduction] 2011年の『別離』でベルリン国際映画祭にて3冠に輝き、2016年の『セールスマン』ではカンヌ国際映画祭の男優賞、脚本賞をダブル受賞。この2作品で米アカデミー賞外国語映画賞も制したアスガー・ファルハディ監督は、今や誰もが認める世界的な巨匠である。母国イランとヨーロッパを股にかけて活躍するファルハディは、人間と社会の本質に鋭く切り込む傑作を世に送り出してきたが、緻密な脚本や演出力に裏打ちされたその作風は、このうえなく濃密なサスペンスの要素をはらんでいる。
カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した長編第9作『英雄の証明』は、数多くの古代遺跡が現存する南西部の古都シラーズを舞台に、借金苦にあえぐ男に突然舞い込んだ苦境打開のチャンスを描くサスペンスフルな物語。手にした金貨は、幸運な奇跡か、それとも神が与えた試練なのか。主人公の何気ない”選択”が思いもよらない社会現象を起こし、父親を信じる無垢な子供も残酷に巻き込んだ大事件を招き寄せてしまう予測不可能なストーリー展開からひとときも目が離せない。(プレス参照)
[Story] 元看板職人のラヒムは借金を帰せなかった罪で投獄されている服役囚だ。そんな彼の婚約者が、偶然にも17枚の金貨が入ったバッグを拾う。それは将来を誓いあった恋人たちにとって、まさしく神からの贈り物のように思えた。借金を返済さえすれば、その日にでも出所できるラヒムは、金貨を元手にして訴訟を取り下げてもらおうと奔走するも示談交渉は失敗。いつしか罪悪感を持ち始め、金貨を落とし主に返すことを決意する。するとそのささやかな善行は、メディアに報じられ大反響を呼び”正直者の囚人”という美談の英雄に祭り上げられていく。借金返済のための寄付金が殺到し、出所後の就職先も斡旋されたラヒムは、未来への希望に胸をふくらませる。ところがSNSを介して広まったある噂をきっかけに状況は一変し、周囲の狂騒に翻弄され、汚された名誉を挽回するためラヒムは悪意のない嘘をついてしまう...。
本作の劇場用パンフレットに、「本来いるべきではないところに据えられた男」というタイトルでコラムを寄稿しています。劇場で映画をご覧になりましたら、ぜひパンフレットもお読みください。
● メモ
ファルハディ監督の前作は、スペインを舞台に、ペネロペ・クルスやハビエル・バルデム、リカルド・ダリンらが共演する『誰もがそれを知っている』(18)でしたが、そこに埋め込まれた独自の視点が母国イランを舞台にした本作にも引き継がれているように思いました。 |