トッド・フィールド監督の『リトル・チルドレン』の原作は、トム・ペロッタの同名小説だが、プロダクション・ノートの監督のコメントによれば、彼は当初、別の小説の映画化を考えていたという。それは、リチャード・イエーツが1961年に発表した『Revolutionary Road』だ。この小説は、現在でも注目される重要な作品であり、『リトル・チルドレン』の世界に繋がる要素もあるため、ここでその内容を確認しておくべきだろう。
アメリカでは第二次大戦後から50年代にかけて、激しい勢いで郊外化が進んだ。人々は、緑の芝生のある一戸建てが整然と並ぶ清潔で閑静な郊外住宅地に憧れ、続々と郊外に転居していった。その当時、この急速に拡大する郊外の世界は、文学とは無縁のものと思われていた。誰もが同じ夢を同じように共有する世界は、あまりにも平凡に見えたからだ。しかし、郊外の世界には複雑な葛藤があった。そして、そんな現実にいち早く着目した作家のひとりが、リチャード・イエーツだった。
彼の代表作『Revolutionary Road』の舞台は、コネティカット州西部にある郊外住宅地で、時代は1955年に設定されている。主人公は、間もなく30歳になるフランクと29歳のエイプリルのウィーラー夫妻。彼らには6歳の娘と4歳の息子がいて、2年前にそこに引っ越してきた。だが、彼らは郊外の生活に馴染むことができない。
かつて演劇学校に通っていたエイプリルは、住人が結成した劇団でヒロインに抜擢されるが、にわか劇団の公演は散々な結果に終わる。ひどく傷ついた彼女は、夫と口もきかなくなる。一方、フランクの悩みはもっと深刻だ。彼は大学時代から、成績が良くても、自分の存在が希薄であることに悩み、自分探しの時間を必要としていた。ところが、子供ができ、それが間違いでなかったことを証明するために二人目を作り、退屈な仕事につき、退屈な郊外に家を買うことになった。そんな夫婦は、かつての夢と現実の狭間で引き裂かれていくことになる。
筆者は冒頭で、この小説が現在でも注目されていると書いたが、その実例を挙げるのは難しいことではない。フィールドは映画化権を得られなかったが、この小説は、サム・メンデス監督、レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット主演で映画化が進められ、アメリカで2008年末に公開が予定されている。
さらにもうひとつ、女性作家A・M・ホームズがこの小説にインスパイアされて書いた小説『Music for Torching』にもぜひ触れておきたい。主人公であるワイス夫妻は、ふたりの息子と郊外に暮らしているが、退屈や欲求不満から、自宅に火をつけたり、不倫に走ったりと突飛な行動を繰り返していく。
|