ホームズの場合は、このデビュー作と最新作のあいだに短編集と二作目の長編を発表しているが、こちらも個性が際立っている。90年の短編集『The Safety of Objects』は、やはり舞台がすべて郊外住宅地で、周囲の目に怯えつつもドラッグに溺れていく夫婦、妹のバービー人形と倒錯的な恋に落ちてしまう少年、隣人が覗いていることを想像しながら裏庭で自慰に耽る娘、自分が誘拐されたにもかかわらず犯人の男に家を出た父親の姿を重ねてしまう少年、自宅を博物館にして事故で植物人間になった息子を展示している母親などなど、病める郊外が何ともユニークなイメージでとらえられている。
■■A・M・ホームズ『In a Country of Mothers』■■
邦訳もある93年の長編二作目『セラピー・デイト(In a Country of Mothers)』では、個人の内面世界というホームズの関心がより鮮明になる。主人公は、マンハッタンに暮らす女性セラピストと彼女の患者になる若い娘のふたりで、彼女たちの心理が絡み合っていく。セラピストには、若い頃に娘を出産してすぐに養女に出さざるを得なかったという過去があり、この患者の話を聞いていくうちに彼女が実の娘ではないという思いにとらわれていく。
先述したように『The Safety of Objects』には、自分が誘拐されたにもかかわらず犯人の男に家を出た父親を重ねてしまう少年を描いた短編が盛り込まれているが、このセラピストと若い娘の関係もそれに近い。また、この物語には、ホームズの個人的な世界が繁栄されてもいる。彼女は実の母親を知らずに育ったという背景があるからだ。
一方、ホームズの新作『わたしがアリスを殺した理由(The End of Alice)』は、まず何よりも前作『セラピー・デイト』をしのぐ奇抜な設定に驚かされる。この小説に描かれているのは、殺人罪ですでに23年も刑務所生活をしている囚人と郊外住宅地に暮らす19才の娘の手紙のやりとりなのだ。この娘は、自分の秘密を囚人にだけ手紙で打ち明けることにスリルと快感を覚え、囚人もそんな挑発に刺激されて妄想を膨らませていく。物語は、この囚人を語り手として、彼と娘の共同作品であるかのように展開していく。