The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛
The Lady  The Lady
(2011) on IMDb


2011年/フランス/カラー/133分/シネマスコープ/ドルビーデジタルSRD-EX
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(初出:『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』劇場用パンフレット)

 

 

リュック・ベッソンとミシェル・ヨーが魅せる、
新たなキャリアの一歩

 

 リュック・ベッソン監督の新作『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』では、祖国と家族のはざまで過酷な現実と向き合い、困難を乗り越えてきたアウンサンスーチーの半生が描き出される。

 それは、ベッソンのフィルモグラフィを踏まえるなら意外な題材といえる。彼はこれまで、たとえ荒唐無稽に見えようとも、現実に縛られることなく自己の感性に忠実に、独自の世界やキャラクターを創造してきた。そんなベッソンが、事実に基づく物語に挑戦するとなれば、これは注目しないわけにはいかないだろう。

 その結果は、予想以上に素晴しく、見応えのある作品になっていた。この映画では、現実から逸脱するような表現は影を潜めているが、だからといって現実に妥協しているわけではなく、しっかりと踏み込んでいる。そして、ミシェル・ヨーから渡された脚本を読んだベッソンが、どんなところに心を動かされ、監督に名乗りを上げたのかがわかる気がしてきた。

 ベッソン作品のヒロインは、いきなり過酷な環境に放り出されることによって、内に秘めた力に目覚め、強くなっていく。『ジャンヌ・ダルク』(99)の導入部では、少女ジャンヌは、姉が殺害されるのを怯えながら見つめることしかできない。しかし、極限の状況が彼女を変えていく。戦いの方法すら知らないまま戦場の真っ只中に放り出された彼女は、内なる力に目覚め、軍を勝利に導いていく。

 『The Lady 〜』で、母を見舞うために帰国したスーチーは、市民が兵士に射殺されるのを目の当たりにし、呆然と立ち尽くす。イギリスで家族と平穏な暮らしを送ってきた彼女は、いきなり切迫した状況のなかに放り出され、変貌を遂げていく。これまで人前で話をしたこともなかった主婦が、広場を埋め尽くす大群衆を前に毅然とした態度で演説を行い、指導者としてのオーラを放ち出すのだ。

 しかし、ベッソンの心を動かしたのはそれだけではない。彼の作品には、生きる世界が違うために隔てられた者同士が、壁を乗り越えてひとつになっていくドラマがある。その出発点は、『グラン・ブルー』(88)のジャックとイルカにあり、『ニキータ』(90)の暗殺者ニキータと彼女を愛するマルコ、『フィフス・エレメント』(97)の救世主ルーリーとタクシー運転手コーベン、『アンジェラ』(05)の追い詰められた男アンドレと天使アンジェラへと引き継がれていく。


◆スタッフ◆
 
監督   リュック・ベッソン
Luc Besson
脚本 レベッカ・フレイン
Rebecca Frayn
撮影監督 ティエリー・アルボガスト
Thierry Arbogast
編集 ジュリアン・レイ
Julien Rey
音楽 エリック・セラ
Eric Serra
 
◆キャスト◆
 
アウンサンスーチー   ミシェル・ヨー
Michelle Yeoh
マイケル・アリス デヴィッド・シューリス
David Thewlis
キム ジョナサン・ラゲット
Jonathan Raggett
アレクサンダー ジョナサン・ウッドハウス
Jonathan Woodhouse
ルシンダ スーザン・ウールドリッジ
Susan Wooldridge
カーマ ベネディクト・ウォン
Benedict Wong
ネ・ウィン将軍 フトゥン・リン
Htun Lin
タン・シュエ アガ・ポエチット
Agga Poechit
-
(配給:角川映画)
 

 『The Lady 〜』は、スーチーと彼女の夫マイケルの愛の物語でもある。ふたりは、遠く隔てられ、電話でも十分に言葉を交わすことが許されないが、それでも精神的に深く結ばれている。これまで海という自然や歴史、架空の物語のなかに自分の世界を切り拓いてきたベッソンは、『The Lady 〜』の脚本に出会うことによって、現実のなかに自分の世界を見出した。だからこの映画は、スーチーの愛と闘いをリアルに描き出すと同時に、ベッソンの感性や資質が反映された人間ドラマにもなっている。

 さらに、この企画を実現する原動力となり、スーチーを見事に演じ切ったミシェル・ヨーにとっても、この作品は重要な意味を持っている。香港映画界でアクションに目覚め、『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(97)のボンドガール役で国際派女優の仲間入りを果たした彼女は、その後も芸者の数奇な運命を描いた『SAYURI』(05)や、『レジェンド 三蔵法師の秘宝』(02)、『バビロンA.D.』(08)のようなアドベンチャーやSFまで、多方面に活躍の場を広げてきた。

 そのなかでもここで振り返ってみたくなるのが、『グリーン・デスティニー』(00)と『レイン・オブ・アサシン』(10)だ。どちらも武侠映画だが、ミシェル・ヨーは剣のアクションで強いヒロインを表現しているだけではない。前者では、彼女が演じる女剣士とその師が、義を重んじるためにお互いの想いを胸に秘めつづける。そして後者では、暗殺組織の刺客という過去と決別し、顔と名前を変えて新たな人生を歩もうとするヒロインを演じている。彼女は心優しい配達人と結ばれるが、そのささやかな幸福を守るために過去との対決を余儀なくされる。どちらの作品でも、内面の葛藤と強さが結びつき、キャラクターを際立たせている。

 ミシェル・ヨーがスーチーを演じることは、アクション女優からの完全な脱皮と位置づけることもできるが、そこにはこれまで培ってきた素養が生かされている。彼女は、アクションを非暴力の姿勢に変え、複雑な内面と強さを表現している。さらに、母親を演じたことも強さの一因となっている。そういう意味では、ベッソンと同じように、彼女もまたこれまで架空の世界に求めてきたものを、現実の世界に見出したといえる。

 『The Lady 〜』は、すでに監督や女優として地位やスタイルを確立したベッソンとミシェル・ヨーが、新たなキャリアを築き上げていくためのターニングポイントになるに違いない。


(upload:2013/01/21)
 
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