ニンフォマニアック(Vol.1/Vol.2)
Nymphomaniac


2013年/デンマーク=ドイツ=フランス=ベルギー=イギリス/カラー/117分+123分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:「CDジャーナル」2014年10月号)

 

 

ニンフォマニアとエイセクシャル、
肉体と精神はいかに交わるのか

 

[ストーリー] 映画は冬の凍てつく路地で気を失っていた女性主人公ジョーが、偶然通りかかったインテリ紳士セリグマンの自宅で介抱されるシーンから始まる。謎めいたジョーの素性に興味を引かれたセリグマンに説明を促され、彼女は数奇な身の上を語り始めた。

 それは幼い頃から“性”に強い関心を抱き、貪欲なまでに快楽を追い求め、数えきれないほどの男たちとのセックスを経験してきた女性の驚くべき遍歴。いくら肉体を与えても満たされないジョーは、苦行のような試練の嵐に見舞われながらも後戻りせず、さらなる茨の道を突き進んでいく。その行く手に待ち受けるのは救済か、それとも壮絶なる破滅なのか――。[プレスより]

 ラース・フォン・トリアー監督の『ニンフォマニアック(Vol.1/Vol.2)』は、『アンチクライスト』(09)、『メランコリア』(11)につづく“鬱三部作”の完結編だ。物語は、薄暗い路地に傷だらけで倒れていた女性ジョーが、偶然通りかかった紳士セリグマンの自宅で介抱され、身の上を語り出すところから始まる。

 ジョーの告白から浮かび上がるのは、タイトルになっている“色情狂”のヒロインがたどった壮絶な性の遍歴だ。フォン・トリアーは、過激な性描写から『キングダム』を思い出させるブラック・ユーモアまで、多様なスタイルを駆使してそんな題材を映像化し、2部作8章で構成される4時間の作品にまとめあげた。

 この映画で筆者がまず注目したいのは、ジョーとセリグマンが交わす対話だ。ジョーの告白に耳を傾けるセリグマンは、彼女の体験をフライフィッシングやフィボナッチ数列、バッハの音楽などと結びつける。それは豊かな教養の持ち主であることだけを意味するのではない。

 やがて彼がエイセクシャル(無性愛者)であることが明らかになる。つまり、他者に恋愛感情や性的欲求を抱かない人物なのだ。ジョーは相手に理解する気があるという前提で告白を始めた。だから彼は、彼女の性器を中心とした体験を、自分の知識を使って翻訳することで理解しようとしていたのだ。

 これは、極端にいえば“性器”と“頭”の間で交わされる対話だといえる。しかし、二人の間に最後まで明確な一線が引かれつづけるわけではない。それがこの映画の興味深いところだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ラース・フォン・トリアー
Lars von Trier
撮影 マヌエル・アルベルト・クラロ
Manuel Alberto Claro
編集 モリー・マレーネ・ステンスガード
Molly Malene Stensgaard
 
◆キャスト◆
 
ジョー   シャルロット・ゲンズブール
Charlotte Gainsbourg
セリグマン ステラン・スカルスガルド
Stellan Skarsgard
若いジョー ステイシー・マーティン
Stacy Martin
ジェローム シャイア・ラブーフ
Shia Labeoug
ジョーの父親 クリスチャン・スレイター
Christian Slater
K ジェイミー・ベル
Jamie Bell
H夫人 ユマ・サーマン
Uma Thurman
L ウィレム・デフォー
Willem Dafoe
P ミア・ゴス
Mia Goth
B ソフィ・ケネディ・クラーク
Sophie Kennedy Clark
ジョーの母親 コニー・ニールセン
Connie Nielsen
年老いたジェローム マイケル・パス
Michael Pas
債務紳士 ジャン=マルク・バール
Jean-Marc Barr
ウェイター ウド・キア
Udo Kier
-
(配給:ブロードメディア・スタジオ)
 

 そこでまず思い出さなければならないのが、ドラマに暗号のように埋め込まれた数字だ。ジョーは初体験の時に前から3回、後ろから5回、乱暴に突かれ、“3+5”という数字が忌まわしい記憶とともに脳裏に焼きついている。その数字の悪夢は8章で予想もしないかたちで再現され、彼女は路上で気を失うことになる。

 しかし、この数字との関わりはそれだけではない。実は全8章の物語は、1部5章、2部3章に分けられている。この“5+3”は、その分岐点でなにかが逆転することを暗示している。

 1部の終わりで性器が麻痺したジョーは、2部では性感を取り戻そうとあがくうちに精神の領域にも踏み込んでいるように見える。セリグマンは、相変わらず知識による翻訳を試みながら、自分を閉じ込める肉体を意識しつつあるように見える。そんな“5+3”に関わるふたりの変化がなければ、エピローグもまったく違ったものになっていたことだろう。


(upload:2014/11/25)
 
 
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