2046 (レビュー01)
2046


2004年/香港/カラー・モノクロ/130分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:「Cut」映画の境界線)

超えようとしても超えられない境界が、
喪失をめぐる美しい迷宮を作り上げていく

 ウォン・カーウァイの『2046』には、『花様年華』の続編、あるいは『欲望の翼』に始まる60年代三部作の完結篇という側面がある。3本の映画の時代背景は、『欲望の翼』が60年、『花様年華』が62年から66年、そして『2046』が66年から69年というように、直線的な繋がりを持っている。

 『2046』の主人公は、『花様年華』のチャウであり、彼が忘れられない女としてスーも姿を見せる。さらに、『欲望の翼』に登場したカリーナ・ラウ扮するダンサーのルルも登場する。しかし、この映画は、単なる続編でもないし、かといって独立した作品でもない。

 この3作品では、先行する作品や60年代が、異なる時間や場所から読み直されることによって、新しい作品が生みだされる。『欲望の翼』と『花様年華』の間には、97年の香港返還があり、『花様年華』では返還以後という時間と場所から60年代が描きだされた。『2046』の2046という数字は、香港が返還されるときに、中国が香港に対して50年間は何も変わらないと約束したことが出発点になっている。

 それは、現在の香港が次の段階への移行期にあって、2046年と2047年の間にもうひとつの断層が生まれる可能性があることを意味する。『花様年華』が、時間原則と香港返還という二重の喪失を通して60年代を見つめる映画であるなら、『2046』は、やがて訪れるかもしれない分岐点を踏まえ、三重の喪失を意識して60年代を見つめる映画だといえる。

 『花様年華』では、チャウとスーがともに既婚者であることや一枚の壁を隔てて隣り合う部屋に暮らしていることが、どうしても越えることができない境界を象徴していた。彼らは、お互いに相手の伴侶を演じたり、彼らが創作する小説の人物になりきることで、その境界を越えようとする。つまり、越えられない境界があることで、そこに境界を曖昧にするような空間と男女の関係が生まれるのだ。

 『2046』では、そんな境界をめぐる男女の関係が多面的な広がりを見せる。チャウは、『花様年華』の物語を引き継ぐようにシンガポールから香港に戻ってくるが、この映画の彼は、口髭のプレイボーイであり、必ずしも以前のチャウのキャラクターを引き継いではない。彼は、66年から69年にかけて、クリスマス・イヴがやって来るたびに、違う女と出会い、境界をめぐる関係に引き込まれていく。

 最初に出会うのはルル。彼女はオリエンタル・ホテルの2046号室に住み、チャウのなかに懐かしい記憶が甦る。『花様年華』の彼は、ホテルの2046号室で小説を書き、スーと会っていたからだ。間もなくルルは恋人に殺されてしまう。そこでチャウはその部屋を借りようとするが、改装に入ってしまったため、隣の2047号室の住人となり、ふたつの部屋の間に境界が生まれる。

 彼は、新たな隣人となったホステスのバイを誘惑するが、それは遊びの関係だ。その証として彼はいつも10ドルを渡す。バイも遊びのつもりだったが、たまっていく10ドルが愛情に変わる。だが、2046という過去に囚われた彼には、それを受け入れることができず、彼女は去っていく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ウォン・カーウァイ
Wong Kar Wai
撮影 クリストファー・ドイル、クワン・プンリョン、ライ・イウファイ
Christopher Doyle, Kwan Pung-Leung
美術/編集 ウィリアム・チョン
William Chang
音楽 ペール・ラーベン、梅林茂
Shigeru Umebayashi
 
◆キャスト◆
 
チャウ・モウワン   トニー・レオン
Tony Leung
タク 木村拓哉
Takuya Kimura
スー・リーチェン コン・リー
Li Gong
ワン・ジンウェン/wjw1967 フェイ・ウォン
Faye Wong
バイ・リン チャン・ツィイー
Ziyi Zhang
ルル/ミミ カリーナ・ラウ
Carina Lau
cc1966 チャン・チェン
Chen Chang
slz1960 マギー・チャン
Maggie Cheung
-
(配給:ブエナビスタ インターナショナル ジャパン)
 

 その翌年には、ホテルのオーナーの娘であるジンウェンと隣り合い、奇妙な関係が始まる。それは、『花様年華』のチャウとスーを再構成したような関係だ。スーの夫が日本に行ってしまったように、ジンウェンの日本人の恋人は日本に帰ってしまう。チャウは、文通も許されない彼女のために、彼からの手紙の受取人となる。そして、ジンウェンはスーと同じように、彼の小説の執筆を手伝う。2046号室の記憶が2047号室に甦るわけだ。

 やがてチャウは、ジンウェンと恋人をモデルに「2046」というSF小説を書きだす。時代は2046年、その未来世界のなかでは、ミステリートレインが<2046>に向かう。そこは失った記憶を取り戻せる場所であり、何も変わらない場所でもある。しかし、チャウが本当に向かおうとしているのは、2046号室という過去だ。そして、小説がやがて「2046」から「2047」へと発展すると、チャウがシンガポールで出会ったスーと同じ名前を持つ女賭博師のことなどが甦り、彼の心を大きく揺さぶる。

 この映画では、2046と2047の間にある決して越えることができない境界を越えようとする想いが、境界を曖昧にするドラマを次々と紡ぎだし、複雑に絡みあい、美しい迷宮を作り上げていく。ウォン・カーウァイが描き出す喪失の痛みは、私たちを奇妙な陶酔感に引き込まずにはおかない。


(upload:2013/05/07)
 
《関連リンク》
『ブエノスアイレス』 レビュー ■
『花様年華』 レビュー ■
『2046』 レビュー02 ■
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』 レビュー ■

 
 
 
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