作家志望のジョアンナは、老舗出版エージェンシーの面接を受けて採用され、大量に送られてくるサリンジャーへのファンレターを処理することになるが、『ライ麦畑でつかまえて』どころか、サリンジャーを一冊も読んだことがない。
本好きだが、本好きなら必ず読んでいる本を読んでいない。たとえば、その作家があまりにも神格化されていて先入観を持ってしまい、スルーしているということはよくあるのではないか。少なくとも筆者にはそういう傾向があるので、わかる気がする。間違いなく損をしているのだが、まあ仕方がない。
しかし、ファンレターに目を通すうちに彼女は変化していく。読者それぞれの思いは、それらが無限に積み重なって生まれる神格化とは違うので、読者とサンリンジャーの間に立つことで、彼女の先入観も溶解していく。
監督のファラルドーは、プレスに収められたインタビューで以下のように語っている。
「私の映画ではいつも「他者と出会うこと」を描きます。これは、私が23歳のときに参加したコンテスト形式のテレビシリーズ「The Race Around The World」(92)――若手作家がカメラを手に世界中を旅して、半年で20本の短篇映画を製作する――んも経験で得た考えです。異国の地で、私はいつも誰かの助けが必要な”アウトサイダー”で、その環境は私の作家性に大きな影響を与えました」
そんな経験の影響もあるのだろうが、彼がカナダのケベック州出身であることも見逃せない。カナダには二言語併用主義と多文化主義という政策があり、特にケベック州出身の監督は、ドゥニ・ヴィルヌーヴも、ジャン=マルク・ヴァレも、グザヴィエ・ドランも、クロード・ガニオンも、それぞれに他者を強く意識した世界を切り拓いている。ファラルドーの他者というテーマも、23歳ときの経験よりも以前に、すでにその種が蒔かれていたと考えたくなる。 |