マイ・ニューヨーク・ダイアリー
My Salinger Year


2020年/アイルランド=カナダ/英語/カラー/101分/ヴィスタサイズ
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(初出:)

 

 

サリンジャー作品をスルーしていた作家志望のヒロインが
思わぬかたちでサリンジャーと関り、自己を確立していく

 

[Introduction] 原作は、本が生まれる現場での日々を印象的に綴ったジョアンナ・ラコフの自叙伝「サリンジャーと過ごした日々」。サリンジャー担当のベテランエージェントと新人アシスタントの〈知られざる実話〉を描き、謎多き隠遁作家に届く無数の“ファンレター”が物語を鮮やかに彩る。そして、ジョアンナのある選択により、思いもかけない“優しい奇跡”が訪れるラスト、温かく爽やかな余韻に包まれる。ジョアンナを演じるのは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の“プッシーキャット”役で一際存在感を放ったマーガレット・クアリー。上司マーガレット役は、『アバター』 『エイリアン』など数多くの大ヒット作で活躍するシガニー・ウィーバー。まるで文芸版 『プラダを着た悪魔』のような、ハリウッド期待の新星と名優のタッグにも目が離せない!メガホンを取ったのは、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた『ぼくたちのムッシュ・ラザール』や『グッド・ライ〜いちばん優しい嘘〜』を手がける人間ドラマの名手フィリップ・ファラルドー。(プレス参照)

[Story] 90年代、ニューヨーク。作家を夢見るジョアンナは、老舗出版エージェンシーでJ.D.サリンジャー担当の女上司マーガレットの編集アシスタントとして働き始める。昼はニューヨークの中心地マンハッタンの豪華なオフィスに通い、夜はブルックリンにある流し台のないアパートで同じく作家志望の彼氏と暮らしている。

 日々の仕事は、世界中から毎日大量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターを処理すること。小説の主人公に自分を重ねる10代の若者、戦争体験をサリンジャーに打ち明ける退役軍人、作家志望の娘を亡くした母親――心揺さぶられる手紙を読むにつれ、飾り気のない定型文を送り返すことに気が進まなくなり、ふとした思いつきで個人的に手紙を返し始める。そんなある日、ジョアンナが電話を受けた相手はあのサリンジャーで…。

[以下、とりあえずの短いコメントになります]


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   フィリップ・ファラルドー
Philippe Falardeau
原作 ジョアンナ・ラコフ
Joanna Smith Rakoff
撮影 サラ・ミシャラ
Sara Mishara
編集 メアリー・フィンレイ
Mary Finlay
音楽 マーティン・レオン
Martin Leon
 
◆キャスト◆
 
ジョアンナ   マーガレット・クアリー
Margaret Qualley
マーガレット シガニー・ウィーバー
Sigourney Weaver
ドン ダグラス・ブース
Douglas Booth
ジェニー サーナ・カーズレイク
Seana Kerslake
ヒュー ブライアン・F・オバーン
Brian F. O'Byrne
ダニエル コルム・フィオール
Colm Feore
-
(配給:ビターズ・エンド)
 

 作家志望のジョアンナは、老舗出版エージェンシーの面接を受けて採用され、大量に送られてくるサリンジャーへのファンレターを処理することになるが、『ライ麦畑でつかまえて』どころか、サリンジャーを一冊も読んだことがない。

 本好きだが、本好きなら必ず読んでいる本を読んでいない。たとえば、その作家があまりにも神格化されていて先入観を持ってしまい、スルーしているということはよくあるのではないか。少なくとも筆者にはそういう傾向があるので、わかる気がする。間違いなく損をしているのだが、まあ仕方がない。

 しかし、ファンレターに目を通すうちに彼女は変化していく。読者それぞれの思いは、それらが無限に積み重なって生まれる神格化とは違うので、読者とサンリンジャーの間に立つことで、彼女の先入観も溶解していく。

 監督のファラルドーは、プレスに収められたインタビューで以下のように語っている。

「私の映画ではいつも「他者と出会うこと」を描きます。これは、私が23歳のときに参加したコンテスト形式のテレビシリーズ「The Race Around The World」(92)――若手作家がカメラを手に世界中を旅して、半年で20本の短篇映画を製作する――んも経験で得た考えです。異国の地で、私はいつも誰かの助けが必要な”アウトサイダー”で、その環境は私の作家性に大きな影響を与えました」

 そんな経験の影響もあるのだろうが、彼がカナダのケベック州出身であることも見逃せない。カナダには二言語併用主義と多文化主義という政策があり、特にケベック州出身の監督は、ドゥニ・ヴィルヌーヴも、ジャン=マルク・ヴァレも、グザヴィエ・ドランも、クロード・ガニオンも、それぞれに他者を強く意識した世界を切り拓いている。ファラルドーの他者というテーマも、23歳ときの経験よりも以前に、すでにその種が蒔かれていたと考えたくなる。

 

(upload:2022/04/27)
 
 
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