カフェ・オ・レ
Metisse / Cage Au Lait


1993年/フランス/カラー/95分/ヴィスタ/ドルビー
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(初出:「WASTELAND」、抜粋のうえ加筆)

 

 

図式的な設定や関係を逆手に取り、
先入観や偏見を皮肉るコメディ

 

 マチュー・カソヴィッツの初監督作品『カフェ・オ・レ』の主人公は、外交官の息子でリッチな生活を送るアフリカ系の大学生ジャマル、家が貧乏で自転車宅配便のバイトをしているユダヤ系のフェリックス、そしてアンティーユの混血の娘ローラの三人だ。

 ある日、他人同士のジャマルとフェリックスは二人そろってローラのアパートに招待され、自分の恋人が二股をかけていたばかりか、彼女が妊娠したことを知らされる。ふたりの男たちには、年令が20歳であることと彼女の存在を除けば何ら接点はないが、映画ではそんな三人の関係が人種に関する皮肉なユーモアも交えながらコミカルに描かれていく。

 この映画は、カソヴィッツ自身がスパイク・リーの『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』にインスパイアされたと語っていることもあり、カソヴィッツがリーと対比されるきっかけを与える作品にもなっている。確かに、奔放でセクシーな黒人のヒロインとまったくタイプが違う三人の黒人男性の恋愛関係や生き方を描いたリーの映画が『カフェ・オ・レ』の設定に大きなヒントを与えていることは間違いない。

 筆者は、スパイク・リーの作品のなかで、『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』はあまり好きではない。『ドゥ・ザ・ライト・シング』を観ればわかるように、スパイクは人物を生き生きと描きだすセンスを持っているが、『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』では、人物の設定や関係があまりにも図式的で、そんなセンスが十分に発揮されていないからだ。

 カソヴィッツはこの『カフェ・オ・レ』で、その図式的な設定や関係を逆手に取り、ひねりの効いたドラマを作り上げている。映画の導入部では、まずヒップホップのビートに乗って激しいスピードで自転車が道路を突っ切っていく。自転車に乗っているのは白人の小柄な若者で、彼があるアパートの入り口に到着すると同時に、そこに反対方向からタクシーが到着し、身なりのよい黒人の若者が、チップをはずんでクルマを降りる。彼らはアパートの同じ部屋を訪ね、恋人から妊娠したことを知らされる。

 ふたりの若者がまったく違う境遇にあることがよくわかる。だが、ただ違うだけではない。カソヴィッツは、彼らに、逆の意味で図式的な立場や性格をあてがっている。

 自転車に乗っていたフェリックスは、家が貧しく宅配便のバイトをしているユダヤ系の若者で、ヒップホップ、クラブ通い、ナイキのシューズのコレクションに熱中している。一方、タクシーで現われたジャマルは、外交官を父に持つアフリカ系の若者で、大学で法律を学ぶ秀才で大学にはたくさんの白人の友だちがいる。そして、彼らに二股をかけたローラは、美人でセクシーなアンティーユの混血で、かなり勝手でわがままなところがある。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   マチュー・カソヴィッツ
Mathieu Kassovitz
撮影 ピエール・エイム
Pierre Aim
編集 コレット・ファリージャ、ジャン=ピエール・セガル
Colette Farrugia, Jean-Pierre Segal
音楽 ジャン=ルイ・ドーン、マリー・ドーン
Jean-Louis Daulne, Marie Daulne
 
◆キャスト◆
 
フェリックス   マチュー・カソヴィッツ
Mathieu Kassovitz
ジャマル ユベール・クンデ
Hubert Kounde
ローラ ジュリー・モデュエシュ
Julie Mauduech
マックス ヴァンサン・カッセル
Vincent Cassel
-
(配給:KUZUIエンタープライズ)
 

 ローラの妊娠が明らかになって、三人はそれぞれに将来について考え込みだす。ローラは同居している祖母に、ジャマルのことを黒すぎると語り、ローラ以外に白人の同級生とも付き合っていたジャマルは、その同級生のことを白すぎると思う。

 さらに、フェリックスとジャマルがクルマのなかで喧嘩を始め、警官たちまで巻き込むトラブルとなる場面には、ふたりの立場の転倒やジレンマが巧みに描きだされる。警官たちはジャマルを特別な目で見て彼らを連行しようとするが、ヒップホップに熱中するフェリックスはここぞとばかりに警官に食ってかかり、挑発する。

 結局ふたりは、ジャマルの素性が明らかになって解放されるのだが、今度はジャマルの気がおさまらなくなってくる。彼は、警官に対していきがっているフェリックスに対して、スパイク・リーの真似しやがってと食ってかかるのだ。

 フェリックスとジャマルは、そんな奇妙な対立を繰り返しながらもローラに振り回されていくうちにお互いに共感をおぼえていくことになる。そして、ふたりがあらためてフルネームで自己紹介しあう場面に、ひねりの効果が表れる。彼らはお互いにフェリックス・ラビン・スコビンスキーとジャマル・サダム・アボリエンボと名乗る。そんな名前の響きから連想される人物のイメージと実際の彼らとの振れ幅が、この映画の魅力になっている。


(upload:2012/06/09)
 
 
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