かつて移民の若者の現実に迫った『憎しみ』で注目を集めたマチュー・カソヴィッツは、ハリウッドでは精彩を欠いたところもあったが、このフランス映画界復帰作『裏切りの戦場 葬られた誓い』では本来の姿を取り戻している。
その題材は、1988年にフランス領ニューカレドニアで実際に起こった事件だ。カナック族の独立派によってフランス憲兵隊宿舎が襲われ、警官4名が死亡し、30名が誘拐される事件が発生し、10日後に武力によって解決された。
この映画では、事件の交渉人に任命された国家憲兵隊治安部隊のルゴルジュ大尉の視点を通して、強行突入に至るまでの経緯が詳細に描き出されていく。
カソヴィッツは、現地で事件の入念なリサーチを行い、自らルゴルジュを演じているが、映画を観ると彼がこの人物にこだわった理由がよくわかる。
事件の背後には複雑な駆け引きがある。本国では間近に迫った大統領選をめぐって左派の大統領と右派の政権が綱引きを繰り広げ、事件の早期解決を図る政府は、憲兵隊の管轄である現地に陸軍を派遣する。その陸軍の傍若無人な振る舞いは現地人の反感を生む。
一方、事件の首謀者は、冷酷なテロリストなどではなく、伝統を守るために解放戦線政治局の指示に従って行動したものの、想定外の事態に陥り、出口を探し求めていた。
こうした状況は、ジャーナリスティックな視点に片寄ると図式的な表現になることが多々あるが、交渉人の立場を生かせば、ひとりの人物の視点を通して全体を見渡すことができると同時に、激しい葛藤をともなう人間ドラマにもなる。
監督としてのカソヴィッツはスパイク・リーの影響から出発し、独自のスタイルを確立していったが、この復活作に埋め込まれた視点は、そんな影響関係を思い出させる。リーの傑作『ドゥ・ザ・ライト・シング』に登場するのは、異人種の悪口を言うような人物ばかりだが、致命的といえるような差別は存在しない。にもかかわらず、結果だけを見れば単純な二元論で片付けられてしまうような事件が起こってしまう。
この映画にはまさにそんな鋭い視点が埋め込まれている。だからこそ題材は80年代に起こった事件でありながら、その悲劇は、想像力を働かせれば9・11以後の世界に重ねてみることもできるのだ。 |