フランソワ・オゾンは、肉体や欲望にこだわり、人間同士の間に生じる複雑な力関係を様々なかたちで掘り下げてきた。5話構成で、離婚から、倦怠期、出産、結婚式、そして恋の始まりである出会いへと男女の時間を遡るこの新作『ふたりの5つの分かれ路』でも、そんな力関係の変化が実に巧妙に描き出される。
離婚の手続きを終えたジルとマリオンは、ホテルでセックスし、近況を語り合い、書類上の手続きとは違う意味で結論に達する。そんなエピソードは、ふたりの関係の始まりへと時間を遡ったあとで振り返ってみたとき、より意味深いものとなっている。
続く4話でこのふたりの存在は、別のカップルや人物と対置される。倦怠期の2話では、ふたりがディナーに招いたジルの兄とその恋人のゲイのカップルが、出産の3話では、孫の誕生に駆けつけるマリオンの両親が、結婚式の4話では、マリオンを誘惑するアメリカ人が、出会いの5話では、ジルの前の恋人ヴァレリーがそれぞれ登場する。
ジルの兄とマリオンの両親は、ふたりの結婚式にも登場し、束縛のない恋愛や夫婦の二面性を象徴する。一方、ジルの両親がどこにも姿を見せないことも重要な暗示となる。ジルが子供の誕生や父親になることへの戸惑いを隠せないのは、そんな不在の両親と決して無関係ではない。
オゾンの映画では、そうした対置のなかで、主人公の欲望やセクシュアリティが揺らぎ、あるいは規定され、お互いの力関係が変化していく。
ふたりは、冒頭に描かれる離婚の手続きでは対等だが、ホテルのセックスではジルが、それに続く会話では彼女が優位に立ち、そして決裂に至る。ジルは、前の恋人との関係と同じようにいつしか漠然とマリオンに追随するようになり(彼女がそう仕向けたわけではない)、セックスで自分を誇示するしかなくなっている。一方、穏和な性格のマリオンは、そんなバランスを欠いた結婚生活のなかで泣きを見ながらも逞しくなり、自立した女になっているのだ。 |