ブレイブ
The Brave


1997年/アメリカ/カラー/123分/ビスタ/ドルビーSR
line
(初出:「ブレイブ」劇場用パンフレット、1998年、若干の加筆)

 

 

インディアンの現実とクロスロードの伝説

 

 ジョニー・デップが初めて監督に挑戦した映画『ブレイブ』は、筆者がこの一年ほどのあいだに観た映画のなかで最も胸を打たれた作品である。この映画は、インディアンを題材とした作品のなかでも見事なまでに異彩を放っている。

 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』や『ラスト・オブ・モヒカン』、『ジェロニモ』などは過去の物語であり、歴史を見直そうとすることに重点が置かれていた。昨年公開された『心の指紋』『ネイティブ・ハート』は現代という設定ではあったが、 物語の展開のなかでその関心はやはり失われた過去の世界へと向かっていくことになる。

 もちろん、これまで長いあいだ虐げられてきたインディアンの人々の歴史をしっかりと見直し、彼らが復権を果たすことが重要であることは言うまでもない。

 しかし気になるのは、インディアンを題材にした映画がともすれば、彼らの過去や神秘的な世界に寄りかかりがちになることだ。そうした傾向には、いまの現実が見過ごされる危険性がある。実際、こうした映画におけるインディアンの復権は、 社会の現実に照らし合わせてみると皮肉なことのようにも思える。

 たとえば、少年時代をインディアンの居留地で過ごした経験を持つジャーナリスト、ファーガス・M・ボーデウィッチが90年代のインディアンの現状をリポートした『Killing the White Man's Indian』を読むと、 世紀末に向かって白人とネイティヴの立場や意識が大きく変わりつつあることがわかる。

 本書によれば、白人社会は、差別と感傷が入り交じった神話のベールを通してインディアンを見ているばかりか、映画における彼らの復権によってインディアンになりたいと思う白人が増えつつあるという。これに対して、逆にインディアンは、 被害者の立場から脱皮し、資本主義を受け入れ経済的な独立を目指しているというのだ。それは、これまでのインディアンの失業率やアル中の比率の異常な高さなどを考えるなら、必然的な変化といってもいい。

 また昨年、 筆者はインターネットで何人かのインディアンとメールを交換したことがあるのだが、ある若者は、白人たちがまるでいまが1830年代であるかのように、インディアンがバッファローか何かを殺すことを期待し、科学者やコンピュータのプログラマーであることがわかると落胆し、 現実も知らないのにインディアンになりたがるのだと語っていた。

 映画『ブレイブ』には、まず何よりもそんな現実に対する辛辣な眼差しがある。消費社会の掃き溜めのような世界に家族と暮らす主人公ラファエルが、スナッフ・ムーヴィーに出演するのと引き換えに得た金で家族を守ろうとするという物語は、 まったくインディアンの過去に寄りかかろうとしていないばかりか、考えようによってはインディアンが資本主義を受け入れていこうとすることに対して波紋を投げかけるような含みを感じもする。

 これまで俳優としてのデップは、 常に誰からもどこからも遠い場所で著しく孤立する主人公を演じることによって、周囲の世界を特異な眼差しで見つめてきたが、この映画では、そんな彼の立場がさらに研ぎ澄まされている。

 それだけに、この映画ではインディアンの文化というものが安易に前面に出てくることはない。インディアンの人々は、同じように社会の周縁に追いやられたヒスパニックの人々などと共生し、バックに流れるラテン系の音楽などでもわかるように、 彼らの文化は確実に失われつつある。しかしながらデップは、漠然とそんな状況を描いているのではなく、アメリカのダークサイドに新たな神話を構築しようとしているのだ。

 この映画で筆者が特に注目したいのは、バーで仕事を紹介された主人公が、目指すビルのところまで来て立ち止まり、しばらく考え込む場面。彼のわきにはクロスロード≠ニ書かれた標識が立っている。この場面と主人公が得る仕事の内容から、 筆者はすぐに有名なブルースマン、ロバート・ジョンスンの伝説を思い浮かべた。ジョンスンには、悪魔に魂を差しだすかわりにブルースの才能を手にしたという伝説がある。〈クロスロードのブルース〉はそんな彼の代表曲で、彼はクロスロードで悪魔と密約をかわしたともいわれる。


◆スタッフ◆

監督/脚本
ジョニー・デップ
Johnny Depp
脚本 ポール・マクカドン/D・P・デップ
Paul McCudden/D.P.Depp
原作 グレゴリー・マクドナルド
Gregory McDonald
製作 チャールズ・エヴァンス Jr./キャロル・ケンプ
Charles Evans,Jr./Carroll Kemp
製作総指揮 ジェレミー・トーマス
Jeremy Thomas
撮影監督 ヴィルコ・フィラチ
Vilko Filac
音楽 イギー・ポップ
Iggy Pop

◆キャスト◆

ラファエル
ジョニー・デップ
Johnny Depp
マッカーシー マーロン・ブランド
Marlon Brando
リタ エルピディア・カリロ
Elpidia Carrillo
ラリー マーシャル・ベル
Marshall Bell
サー・ルー フレデリック・フォレスト
Frederic Forrest
ストラットン神父 クラレンス・ウィリアムス3世
Clarence Williams,V
ルー・ジュニア マックス・パーリッチ
Max Perlich
ルイス ルイス・グズマン
Luis Guzman
フランキー コディ・ライトニング
Cody Lightning
マルタ ニコル・マンセラ
Nicole Mancera
ラファエルの父 フロイド・(レッドクロウ)ウェスタマン
Floyd"Red Crow"Westerman
鳥の脚を食べる男 イギー・ポップ
Iggy Pop

(配給:ギャガ・コミュニケーションズ)
 


 これだけのことなら偶然とも思えるが、後で触れるように、この映画にはクライマックスの場面も明らかにブルースのイメージが強く意識されているのである。またジョンスンには〈地獄の猟犬がつきまとう〉という曲もあるが、主人公が川で水を汲むときに現われる男などはそのものといっていいだろう。

 この伝説をモチーフにしていることは、この映画を非常に奥深いものにしている。ルイスを殺した主人公は、父親のもとに走り、インディアンの慣習に従って瞑想に入り、アイデンティティを確認しようとする。そこで彼が自己のルーツに本当に触れたのかは、 その後に続くドラマで想像がつく。彼は教会に行って懺悔をするが、本当にルーツを発見していたらキリスト教の世界は彼とまったく相容れないものになっていたはずだ。

 しかしそのことがふたつの意味で、この映画を非常にリアルで感動的なものにする。まず、平凡な映画なら主人公はこの瞑想で自己を発見し、インディアンとして死ぬことだろう。しかしこの映画では、そんな結果よりも、 ブルースやヒスパニックといった文化の地層を突き抜けて自分を探そうとする行為そのものが、インディアン云々ということを抜きにして主人公そのものの存在を浮き彫りにする。

 もうひとつは、懺悔をきっかけとする主人公と牧師の関係である。彼らのドラマについては、現代のインディアンの社会ではキリスト教徒が多数を占めているという事実を踏まえておく必要があるだろう。先に触れたボーデウィッチの本によれば、 インディアンの高校生を対象にした90年の調査で、70%がキリスト教徒で15%が無宗教、伝統的な宗教に属すると考えられるのはわずかに6%だという。

 主人公の懺悔で秘密を知った牧師は、彼を救おうとするが自らの無力さを思い知らされる。そこでブルースが大きな意味を持つことになる。ブルース及び悪魔との密約は、キリスト教を背景として救いのない黒人社会に誕生したものだが、 デップはそれをこの映画でインディアンの立場に置き換えてみせる。インディアンの作家シャーマン・アレクシーは、ロバート・ジョンスンの伝説を題材にした映画「クロスロード」をヒントに、ジョンスンがインディアンの居留地に現れるというエピソードが物語の発端になる「リザベーション・ブルース」を書いた。 デップもジョンスンの伝説をインディアンの世界に引き込むことによって、独自の物語を語るのだ。

 約束を果たすために町を出ていく主人公の回りを自転車でぐるぐると回る男は、ブルースにおける悪魔を象徴している。このクライマックスに流れる曲には、〈ブルー・スウェード・シューズを履いた悪魔〉というタイトルがつけられているが、"ブルー・スウェード・シューズ"といえば、 エルヴィスもレパートリーにしていたカール・パーキンスの代表作の名前でもあり、悪魔とブルース〜ロックンロールの関係を意識していることは間違いない。デップはブルースが内包する怖れと心の震えを通して、現代のインディアンの内面に深く分け入っていくのである。


(upload:2001/04/08)
 
 
《関連リンク》
ジョニー・デップ論――家庭願望と根無し草的な生き方、
アメリカン・ドリームとスピリチュアリティ
■
コートニー・ハント 『フローズン・リバー』レビュー ■
コートニー・ハント・インタビュー――『フローズン・リバー』 ■
変貌するインディアンと白人の関係、繰り返される悲劇
――シャーマン・アレクシーの『インディアン・キラー』とその社会的背景
■
今を生きるインディアンの闘い
――ロスト・バードとウーンデッド・ニー
■
インディアンの人々の声に耳を傾ける
――『心の指紋』と『ネイティブ・ハート』をめぐって
■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp
 

back topへ




■home ■Movie ■Book ■Art ■Music ■Politics ■Life ■Others ■Digital ■Current Issues


copyright