コートニー・ハント・インタビュー
Interview with Courtney Hunt


2009年11月 渋谷
フローズン・リバー/Frozen River――2008年/アメリカ/カラー/97分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「CDジャーナル」2010年2月号、加筆)
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なぜ貧しいことを恥ずかしいと思わなければいけないのか
――『フローズン・リバー』(2008)

 

■■ドキュメンタリーの感触、危険をはらむカメラワーク■■

 2008年のサンダンス映画祭でグランプリに輝き、世界各国で賞賛を浴びている『フローズン・リバー』。この作品で長編デビューを飾り、アメリカのインディペンデント映画界で大きな注目と期待を集めているのが、1964年生まれの女性監督コートニー・ハントだ。

 映画の舞台はニューヨーク州最北部、先住民モホーク族の保留地に隣接し、セントレーレンス川を挟んでカナダと国境を接する小さな町。2人の子供を抱え、経済的に追い詰められた白人女性レイと疎外されたモホーク族の女性ライラが偶然に出会い、不法移民を密入国させる犯罪に手を染めていく。

 この映画では、凍りついたセントローレンス川、老朽化したトレーラーハウス、レンタルテレビや凍結する水道管など、厳しい風土や人々の日常がリアルに描き出されている。

「まず、アップステイト(ニューヨーク州北部)やセントローレンス川の風景、州法が適用されない(モホーク族の)保留地や国境という境界などに惹かれたことが作品の出発点になっています。
  私はドキュメンタリーのスタイルに愛着を持っていたので、ドキュメンタリーの感触を持つ作品にしたいと思いました。ストーリーは、地域に根ざした部分から発展するように心がけ、キャラクターも実際にそこに暮らしている人々からインスピレーションを得て作り上げました。レイが住んでいる青いトレーラーハウスも、実際に住んでいる人を訪ねてそこを借りたいと頼み、2週間家を空けてもらって、なにも手を加えることなくそのまま撮影しています。それから綿密なリサーチもしています。地元のウォルマートの駐車場に車を止め、買い物に来る人たちを観察したりもしました」

 この映画は、新居を購入するための資金を夫に持ち逃げされ、途方に暮れるレイのクローズアップから始まる。登場人物の生身の感情を炙り出していくスタイルは、ジョン・カサヴェテスを想起させる。さらに、登場人物たちのドラマだけではなく、風景を通して独自の世界を切り開いていくところは、テレンス・マリックの作品にも通じる。

「カサヴェテスは大好きです。彼の作品やカメラワークには危険なものがあります。私は危険をはらんだカメラワークに惹かれます。影響を受けた作家はたくさんいますが、特にテレンス・マリックの『地獄の逃避行』が好きですね。危険があり、サスペンスがあり、風景やアクションに独特の感覚があります。
 『フローズン・リバー』のクローズアップは、(レイを演じる)メリッサにとってはかなり厳しいものだったようです。まわりからそのことはずいぶん言われました。でも、メリッサの場合は、実際に寄るとその表情にカオスとかエッジを感じとることができるんです。また、彼女が下の息子と話すときの親密さをとらえたいという思いもありました。実は(『フローズン・リバー』のもとになった)短編を撮ったときには、男性のカメラマンだったんですが、カメラが寄り過ぎるとメリッサが引いてしまうことに気づきました。長編を撮るにあたって、そのことを考慮し、リード(・モラノ)という女性のカメラマンにお願いし、メリッサも気持ちが楽になりました」


◆profile◆

コートニー・ハント
1964年、テネシー州メンフィス生まれ。コロンビア大学の映画学部に在学中、卒業作品として製作した短編“Althea Faught”(94)で監督デビューを果たす。南北戦争を生き延びた女性を主人公とした同作は、モントリオール世界映画祭など各地の映画祭で上映され、米PBSでテレビ放映もされた。08年、自らの同名短編をもとにした本作『フローズン・リバー』で長編監督デビューを飾る。同年のサンダンス映画祭でドラマ部門・審査員大賞(グランプリ)を受賞し、一躍、全米中のメディアから脚光を浴びた。09年2月の第81回アカデミー賞でオリジナル脚本賞にノミネートされるなど、現在、アメリカのインディペンデント映画界でもっとも注目されている女性監督の1人である。
『フローズン・リバー』プレスより引用

 
『フローズン・リバー』
 
◆スタッフ◆
 
監督/脚本   コートニー・ハント
Courtney Hunt
撮影監督 リード・モラノ
Reed Morano
編集 ケイト・ウィリアムズ
Kate Williams
音楽 ピーター・ゴラブ、シャザード・イズマイリー
Peter Golub, Shahad Ismaily
 
◆キャスト◆
 
レイ   メリッサ・レオ
Melissa Leo
ライラ ミスティ・アッパム
Misty Upham
T.J. チャーリー・マクダーモット
Charlie McDermott
ジャック・ブルーノ マーク・ブーン・ジュニア
Mark Boone Junior
フィナーティ警官 マイケル・オキーフ
Michael O’Keefe
ガイ・ベルサイユ ジェイ・クレイツ
Jay Klaitz
ジョン・カヌー バーニー・リトルウルフ
Bernie Littlewolf
ジミー ディラン・カルソナ
Dylan Carusona
ビリー・スリー・リヴァーズ マイケル・スカイ
Michael Sky
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(配給:アステア)

■■自己と他者の関係、グローバリゼーションと境界の意味■■

 レイとライラは、最初は相手を先住民や白人とみなし、軋轢を生み出すが、状況が切迫するなかでお互いを女性、母親とみなすようになる。ハントは、フェミニズムや多文化主義というよりは、他者を通して自己を確認するような「他者性」に強い関心を持っているように見える。

「興味深い質問です。これはアメリカ人のメンタリティに関わることですが、多くのアメリカ人は、他者を通して自分を確認するということをしません。他者のことを考えようともしません。それは、実際に他者と接する機会がないということもあります。この映画では、レイが自分の意思ではなく、切迫した状況のなかでそういう視点を持たなければならなくなる。私がやろうとしたのは、世界が迫ってきていることを物理的に表現することでした。不法移民を運ぶレイが車のトランクを開けると、顔も文化も人種も異なる人々が飛び出してくるんですから(笑)。これは面白いアイデアだと思いました。私はそんなふうにして、レイに現実をぶつけてみたかったし、時代が変わっていることを見せたかったんです」

 5歳の息子から不用になったトレーラーハウスがどうなるのか尋ねられたレイは、中国に運ばれてオモチャになり、ママが1ドルショップで売るのだと答える。ハントは、グローバリゼーションの時代のなかで、様々な境界を見直そうとしているように思える。

「私は境界というのは、すべて頭のなかで作られたものだと思います。すごくランダムで、自由裁量というか、勝手に引いているものだと思う。今ではテレビや携帯が普及し、旅行が容易になり、アウトソーシングによって仕事が共有され、地球がどんどん小さくなっている。そんな世界のなかで、境界はだんだん意味のないものになりつつある。人の肌の色もいずれはみんなライトブラウンになるといわれています。これは避けがたいことで、決して悪いことではないと思います。
 レイはアメリカ人で自分はアメリカに暮らしていると思っていたのに、車のトランクからいきなり言葉も文化も宗教も違う人々が飛び出してくる。それで彼女はいっぱいいっぱいになってしまう。それがまさにいまの現実なのだと思います。そこでアメリカ人は自分たちがいかに不寛容であるかを露呈していくでしょう。実際、レイの反応と同じように、オバマが大統領選に勝利したことを未だに信じない人々がいる。私の父親もそのひとりですが。かつては黒人が大統領になることはありえないと思われていたのに、実際になっているわけです。それは境界が崩れていくことを示唆しています」===> 2ページへ続く

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