マイケル・チミノの『心の指紋』とタブ・マーフィーの『ネイティブ・ハート』は、どちらもアメリカ・インディアンを題材にしている。この2本の映画を観て筆者が最初に考えたのは、インディアンの人々が2作品をどのように見るかということだった。
『ダンス・ウィズ・ウルブズ』や『ラスト・オブ・モヒカン』、『ジェロニモ』などを見ればわかるように、確かにアメリカ映画におけるインディアンのイメージは大きく変わりつつある。しかし、こうした作品が描くのは過去の物語であり、どれも歴史を見直すような視点が目立っている。これに対して『心の指紋』と『ネイティブ・ハート』では、
現代のインディアンと白人との関係が描かれ、内容にも共通する部分がある。
『心の指紋』の主人公は、殺人罪で服役している混血のインディアンの若者ブルーと将来を約束されたエリート医師マイケル。末期癌を宣告されたブルーは、病が癒えるというインディアンの聖域に行く決意をし、マイケルを人質にとり、ロスからグランドキャニオンへと向かう旅が始まる。その旅のなかでふたりは激しく対立しつつも、次第に絆を作りあげ、マイケルはブルーに協力しようとする。
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『ネイティブ・ハート』の主人公は、モンタナ州オックスボウの山麓に暮らす賞金稼ぎのゲイツと、インディアンに憧れ、その文化や歴史を研究する女性教授リリアン。ゲイツは山奥で偶然、130年前に滅んだはずのシャイアン族の戦士らしき人影を目にする。そこて、彼らが山奥で密かに生き続けているという伝説の真偽を確かめるために、
インディアンの言葉が話せるリリアンを説得し、山奥に入っていく。そこには白人に知られることなく生き続けたシャイアン族の部落があり、ふたりはインディアンの世界に溶け込んでいく。
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筆者が、この2作品に対するインディアンの人々の意見に興味を持つのは、しばらく前に読んだ2冊の本とも繋がりがある。この2冊の本からは、映画とは異なるインディアンの現実が見えてくるからだ。
1冊はジャーナリスト、ファーガス・M・ボードウィック が書いた『Killing the White Man's Indian』。少年時代に母親の仕事の関係で長い間インディアンの居留地に暮らした経験を持つ著者が、世紀末に向かって変貌するインディアン社会を展望するノンフィクションだ。
著者はその前書きで、90年代のインディアンは、もはや19世紀の悲運の戦士ではなく、
政治的な駆け引きをし、アメリカのなかに新しいインディアンの世界を築こうとしていると書いている。彼らは、カジノやモーテル、レストラン経営に乗りだし、居留地を流れる川の漁獲権を主張したり豊富な地下資源の開発を計画し、大企業の工場の誘致を進めるなどして、白人社会に依存するのではなく積極的に独立をはかろうとしているというのだ。
そうした変化は、インディアンがこれまで置かれてきた極めて厳しい状況を考えれば当然の成り行きともいえる。その一部を紹介すると、インディアンの世界では、犯罪や自殺で死亡する人々の数が、アメリカの平均の2倍、自動車事故による死者は3倍、肝硬変は5倍、アル中はインディアン全体の50%以上、失業率は80%以上、高校を中退する若者が55%ということになる。
さらに本書によると、皮肉なことに白人社会はいまだに差別とロマンが入り交じった神話のベールを通してインディアンを見ているばかりか、映画のインディアンのイメージが変貌したことから、インディアンになりたいという人々が増加しているという。
もう1冊は、昨年末にアメリカで出版されて話題になったインディアンの作家シャーマン・アレクシーの新作『Indian Killer(邦題:インディアン・キラー)』。こちらは、ボードウィックのノンフィクションに描かれた現実を反映した小説ともいえる。リベラルな街シアトルに、人を殺してその頭の皮をはぐ連続殺人事件が起こり、
やがて犯人は"インディアン・キラー"と呼ばれるようになる。
この物語に登場する人物は、みなインディアンと白人をめぐって微妙な立場にある。主人公のジョンは、生まれてすぐに白人家庭の養子にされたインディアンで、他にも、白人社会に順応するために居留地で英才教育を受けた娘やインディアンに憧れながらもインディアンにはなれないことを思い知らされ憎しみをつのらせる大学教授、
白人でありながらインディアンと称して人気のミステリー作家になった元警官などが登場する。そして、殺人鬼の正体をめぐって、インディアンと白人の微妙な感情が交錯する社会が、生け贄を作りあげていくのである。
2冊の本から浮かび上がるこうした現実を踏まえてみると、先述した2本の映画をインディアンの人々がどのように見るのか、興味深く思えてくることだろう。筆者は、ネットで彼らの意見を聞くために、今回はAOL(アメリカ・オンライン)とMSN(マイクロソフト・ネットワーク)というふたつのオンライン・サービスを利用した。
AOLとMSNは、インディアンのウェブ・コミュニティが充実しているからだ。AOLのインディアンのメッセージ・ボードは、小説、音楽、映画から家庭内暴力、生活、料理、ゲイまで45のトピックに分類されている。MSNにも様々なトピックで分けられた17のニューズグループがあるのだ(※筆者は現在、
このふたつのオンライン・サービスを利用していないので、いまもあるかどうかは不明である)。